俺は浅い眠りの中で夢を見ていた。
きっと亜紀の事で投げやりになって、複雑な気持ちのまま眠りに入ったからだろう。
それは過去の記憶を呼び覚ます夢だった。
「直樹、これお前にやるよ。」
「え?何これ?」
「亜紀ちゃんが行きたがってたライブのチケット。2枚あるからさ。」
「……なんで俺に?」
「バーカ、亜紀ちゃん誘って2人で行って来いって意味だよ。」
バイト上がりに友人に渡されたライブのチケット。
この友人は俺が亜紀の事を好きだと知っていて、それをずっと応援してくれていたんだ。
もしこの友人の助けがなかったら、俺は亜紀と付き合えなかったかもしれない。
「お前もそろそろ決定打を打たないと、亜紀ちゃんを他の奴に取られちゃうぞ?だからそのライブで決めちゃえよ。折角最近良い雰囲気なんだかさ、お前ら。」
「あ、ありがとう。」
「言っとくけど、そのチケット手に入れるのすげぇ苦労したんだからな。俺がやったチャンス、無駄にするなよ。」
その年に偶々来日する事になっていた、亜紀がファンだという海外アーティスト。
滅多に来日しないアーティストで、しかも大規模なコンサートではないから席数が少なくてチケットを取るのは本当に大変だったらしい。何せ即日完売でファンである亜紀でも取れなかったくらいなのだから。
でも友達想いのその友人は、俺達のためにそれを苦労して用意してくれたのだ。
〝決定打〟と言うのは、つまり告白してこいって意味だ。
チャンスをくれたのはありがたいけど、それなりにプレッシャーを感じた。
何せ俺にとっては女の子をデートに誘うのも、この時が人生で初だったのだから。
「えー!それ、チケット取れたの?直樹君が?すごーい!」
「う、うん……まぁね。それで良かったらその……あの……俺と一緒に行かない?」
「えっ、いいの!?私が一緒に行っても。」
「うん。」
「本当に?わぁ嬉しい!」
亜紀は凄く喜んでくれて、俺の誘いにOKしてくれた。
ありがとう、友よ。
「でも知らなかったなぁ、直樹君もファンだったなんて。」
「ま、まぁね。」
「フフッ、私達趣味合うね。」
実は俺はファンどころか、そのアーティストの事なんて殆ど知らなかった。
でもなぜか俺は亜紀の前で見栄を張る癖があって、その時は咄嗟に嘘をついてしまったんだ。
本当に、そんな嘘をついても何の意味もないんだけどな。でも趣味が合うね、なんて言われたのは嬉しかったし、もう後戻りできないと思った。
だから俺はライブに行く前に何枚かアルバムを買って知識詰め込んで、無理やり亜紀との会話を合わせていた。
「どの曲が好きなの?」
とか聞かれると、俺はアルバムにあった曲名を適当に言って、亜紀が
「あーあの曲良いよね、私も好き。」
とかそんな会話。俺は完全に知ったかぶりなんだけど。
とにかく、ライブに行くまでこの話題で亜紀との仲を深めたいと思っていたから。
で、実際それから俺達の仲は急激に深まっていった。
そして当日、俺達は駅で待ち合わせてライブ会場へ向かった。
その日の亜紀の事を、俺は今でもはっきり覚えている。
何と言っても、その日の亜紀は可愛かった。服装もいつもバイトに来る時とは違ってオシャレで、髪も少し編んでたりしてて。
お人形さんみたいなんて言ったら変かもしれないけど、本当に可愛くて、俺はそんな亜紀を一目見ただけでズキュンとやられた。
元々好きだったのにさらに惚れ込んでしまい、俺は電車に乗っている間も横にいる亜紀の事を何度もチラ見してしまった。
で、その視線に亜紀が気付いて
「ん?どうしたの?」
「い、いや、何でもないよ。」
みたいな事を何度か繰り返してた。
俺、デートしてるんだよな、亜紀ちゃんと。夢みたいだな……。
ライブは大盛り上がりだった。
俺は正直、こういう音楽のライブ自体来るのは初めてだったので、若干雰囲気に入り込めなかった感じがしたし、少し浮いてたと思う。
でも良いんだ。俺の知らない曲で周りが盛り上がっていても、俺は隣にいる亜紀を見ているだけで満足だったのだから。
そして俺は、目をキラキラさせてステージを見ている亜紀の横顔を眺めながら改めて思った。
俺はこの子が好きなんだ、と。
そして俺は今日、この子に告白するんだ。
結果なんてどうでもいいと言ったら嘘になるが、とにかく俺は亜紀にこの胸の内にある想いを伝えたかった。
もうこれ以上、溢れそうな想いを内に秘めておく事なんてできなかったんだ。
帰り道、俺達は2人でライブの話をしながらゆっくりと歩道を歩いていた。
「ライブ良かったね。」
「うん、大満足!直樹君、今日はありがとね、本当に楽しかった。」
「俺も、楽しかったよ。やっぱりライブは良いね、家で聞くのとは大違い。なんていうか、身体全体に音が響いてきて一体感があるしさ。」
俺がそう言うとなぜかクスっと笑う亜紀。
「フフッ、本当に直樹君も楽しかった?」
「え?本当だよ、楽しかったよ。」
亜紀は急に立ち止まって俺の前に回り込むと、下から顔を覗き込むようにして同じ事を聞き直してきた。
何かを疑ってるような表情。
「ねぇ直樹君、1つ聞いていい?」
「なに?」
「直樹君って本当はファンでも何でもないんでしょ?」
「え……そ、そんな事は……」
「本当は曲なんて全然知らないし、殆ど聞いたこともなかったんじゃない?」
「そんな事ないよ……俺は……」
亜紀に図星を突かれて動揺した俺は言い訳をその場で考えたが、途中で諦めた。
「……ごめん。」
「やっぱそうだったんだ。じゃあ好きな曲とか言ってたの、全部嘘だったって事だよね?」
少し怒ったような表情で言う亜紀。
「……。」
何も言い返せなかった。
俺は亜紀に対して下らない嘘をつき続けていた自分が、ただただ恥ずかしかった。
しかもそれが全部見抜かれていたなんて、間抜け過ぎる。
知ったかぶりでライブの感想を語っていた時の勢いを失い、ショボンと下を向いてしまった俺。
すると、なぜか亜紀がまたクスクスと笑い始めた。
俺は亜紀がなぜ笑っているのか分からなかった。
でも亜紀は笑いが止まらない様子で、腹を抱えている。
「え……?どうしたの?なんか可笑しい?」
「フフフッ、ううんごめん、そうじゃないの。なんだか直樹君らしいなぁって思って。」
「俺らしい?嘘つきって事が?」
「う~ん…嘘つきだけど、その嘘がなんか可愛いなって。」
「……可愛い?」
「うん。」
そう言って亜紀は歩道と車道の間の段に乗って、その上で両手を左右に広げてパランスを取るようにしてゆっくりと歩き始めた。
「嘘なんてつく必要なかったのになぁ。私ね、嬉しかったんだよ、直樹君に誘われて。」
「……え?」
「ライブに行けるからじゃないよ?本当は行き先なんてどこでも良かったの、直樹君と2人で行けるなら。」
そして亜紀は再び立ち止って、俺の方に振り返った。
「だからね、嘘なんてつく必要なかったんだよ?」
この時の俺は、どんな顔をしていたんだろう。
とにかく、振り返った亜紀の顔を見た瞬間から、俺の胸は張り裂けそうな程ドキドキと高鳴っていたんだ。
そして俺はこの言葉を言いたくなって、我慢できなくなった。
「あ、亜紀ちゃん……俺……」
そこまで言って、そこから先がなかなか喉から出てこなかった。
でも俺は言ったんだ。
「俺……亜紀ちゃんの事が、好きだ。」
その時、俺達の周りには誰もいなくて、辺りは静まり返っていた。
あまりに静かだったから、なんだかその瞬間だけ時が止まったかのようだった。
「だから……もし良かったら、俺と付き合ってください。」
さっきまで笑っていた亜紀だったけれど、俺がそう告白すると下を向いて黙り込んでしまった。
たぶん5秒か、10秒くらいそうしていたと思う。
告白されて困っているんだろうな……どうやって断ろうか悩んでいるんだろうなと、俺は思った。
しかし沈黙の後に亜紀が口を開いて言った言葉は、俺と同じものだった。
「私も……直樹君の事が好き。」
顔を上げた亜紀の表情は、笑顔だった。
「だから……よろしくお願いします。」
信じられなかった。
亜紀の返事に俺は驚いてしまって、これが夢なのか現実なのかも分からなくなって、もう一度聞き返してしまう。
「ほ、本当に?」
「フフッ本当だよ、私は嘘つきじゃないもん。直樹君の方こそ私の事本当に好きなの?」
悪戯っぽく笑いながらそう言ってきた亜紀。
俺はもう、嬉しいのと、その亜紀の笑顔が堪らなく愛おしくなって、思わず亜紀の身体を抱きしめた。
「キャッ」
「あっ、ごめん、痛かった?」
「ううん、ちょっとビックリしただけ。そのままにして……私、男の人にこんな風に抱きしめられるの初めて。」
「俺も、初めて。」
「そうなんだ。私達、初々しいね。」
「うん。」
「でもなんか、いいねこういうの。なんていうか、凄く安心する。」
そう言って亜紀は俺の胸に顔を埋めた。
たぶん10分か15分くらいずっと抱きしめていたと思う。
それから、俺達は今度は手を繋ぎながら歩き始めた。
「あ~なんか信じられないなぁ、俺が亜紀ちゃんの彼氏になれるなんて。」
「私も、直樹君の彼女なんて、夢みたい。」
「俺が今日凄く緊張してたの分かった?」
「うん、でも私だって緊張してたんだからね?好きな人とデートなんて初めてだったし。この洋服選ぶのだって凄い時間掛かったんだから。」
「そうだったんだ、俺はもうなんかいっぱいいっぱいで……。」
「フフッ、あのグループの事全然知らないのに話合わせるので大変だった?」
「ハハッまぁそうかもね。ていうかいつ分かったの?俺の嘘。」
「うーん前々から不自然な感じはしてたんだけど、ライブの時の直樹君、全然ステージの方見てなかったから、それであ~興味ないんだなぁって。」
「じゃあ気付いてたの?俺がどこ見てたか。」
「……うん、気付いてたよ。私、直樹君の視線が気になってライブ集中して見れなかったもん。」
「そ、そっか、ごめん。じゃあまた来日したらもう一度2人でライブ見に行こうか?」
「ん~次はいつ来日してくれるか分からないよ。もう来ないかもしれないし。」
「そうなんだ……じゃあどうしよう、何かで穴埋めできる?今日の分。」
「フフッ、穴埋めだなんていいよ。今日は楽しかったし、今はこうやって直樹君と一緒にいるし。それに私本当にどこだって良いんだよ?直樹君と一緒なら、どこに行くのだってライブより楽しいと思う。」
「亜紀ちゃん……お、俺も亜紀ちゃんと一緒なら、楽しいと思う。」
「フフッ、ねぇ直樹君、私の事ちゃん付けじゃなくて、亜紀って呼んでほしいなぁ。」
「亜紀?」
「うん、その方がなんか、直樹君の彼女になったって感じがするし。」
「じゃあ俺の事も直樹って呼んでよ。」
「うん、直樹……わぁ、なんかちょっと恥ずかしいかも。」
「まだ慣れないね。でもなんか良いね、亜紀の彼氏になれた感じがする。」
「うん。あ~なんか幸せ。恋人がいるってこんな感じなんだ。」
俺達はその夜、そんな浮かれた会話をずっとしながら夜の長い時間を歩いた。
そして
「ずっとこのまま手を繋いでいたいね」
と、2人で言っていたんだ。
そう、ずっと2人で一緒にいようね、と。
ずっと一緒に。
コメント
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こういうエピソードを見るとうまくいってほしいと思っちゃいますね…
でもハッピーエンドは難しいか~(笑)
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更新お疲れ様です!o(^-^)o
昨日クリスマスで、彼女と「ずっと一緒にいようね。」とかって言っていたので、別れる時は直樹たちみたいな感じなのかなーって思うと…(>_<)
でも、これはファンタジーですもんね♪笑
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コメントありがとうございます。
どうなりますかねぇ笑
寝取られの場合、どうなればハッピーエンドなのかっていうのは人それぞれ違うかもしれませんが。
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コメントありがとうございます。
世の中には実際に他人に恋人を寝取られてしまう方もいるんでしょうけどねぇ。
ファンタジーだけど、現実にも起こる可能性がゼロじゃないから興奮できるのかもしれません。
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ここまでの進行で、亜紀は直樹のどこがよかったのだろうか、と思わなくもなかったのですが、こんな始まりだったんですね! (昔の作品へのコメントですみません!)