まるで付き合いたての若いカップルのように手を繋いで歩く2人。
昔から街中で手を繋いだりするのは、祐二が照れ臭いと嫌がったのでしなかった。
でも、今は祐二の方から手を繋いでくれている。
歩いているのは住宅街の中で、道に人は殆どいなかったから、そういう照れ臭さはなかったのかもしれない。
祐二
「確かこの辺だったと思ったんだけどなぁ、あっ、こっちの道かな。」
香苗
「……。」
祐二はやはりどこか楽しそうで明るい。そんな祐二に手を引かれながら、香苗は黙って着いていく。
不思議な気分だった。
中嶋という男と関係を結んでしまった当初は、中嶋と身体重ねる時間が非現実世界にいるように感じていた。
平和な結婚生活とはかけ離れた刺激的で官能的な別世界にいるのだと。
でも今はそれが逆転してしまっていて、祐二とこうやって手を繋ぎながら共に歩いている時間が、まるで夢の中にいるように感じる。
祐二
「お、この通りだ。ほら香苗、凄いだろ?」
祐二にそう言われて視線を前へと向ける香苗。
すると、そこには住宅街の中に一直線に伸びる道路が。
そしてその道路の両サイドには、綺麗なピンク色の花をさかせる桜の木が並んでいた。
閑静な住宅街の中で突然現れた桜並木は、綺麗にライトアップされ幻想的な光景を作り上げている。
香苗
「綺麗……」
香苗は思わずそう呟いた。
祐二
「俺も最近知ったんだよ。ここら辺りの高級住宅地の住民だけが知る、隠れた名所らしいよ。」
よく宣伝されている、有名な桜の名所のように本数は多くはないが、それでもその咲き方は見事だった。
宴会をやっているグループや混雑は全くなく、他に見に来ているのはおそらく近くの住民だろう、チラホラといる程度だ。
ここにいる人達は皆静かに桜の美しさを鑑賞し、堪能している。
香苗
「……」
香苗はそのあまりにも美しい光景に言葉を失い、見惚れていた。
そしてそれと同時に、胸に熱く込み上げてくるものを感じていた。
それは〝感動〟という言葉が一番しっくりくる気持ちなのかもしれない。
祐二
「桜並木の下、歩いてみようか。」
祐二の声で、2人は再び手を繋いで歩き出した。
満開になって桜の花びらが降り落ちる道をゆっくりと。
夫である祐二の手の温もりを感じながら、香苗は今、自分の心がとても大きな安心感に包まれている事に気付いた。
そして香苗がそんな気持ちになっていると、祐二はこう声を掛けてきた。
祐二
「香苗、いつもありがとな。俺のために家事とか料理とか頑張ってくれて。」
香苗
「……祐二……?」
祐二
「俺さ、本当に香苗と結婚して良かったよ。」
その言葉を聞いた瞬間、香苗の心の中に溜まっていた色々な感情が溢れ出す。
昼間のあの沈むような気持ちは、きっと自分が暗くて寒い所にいるのだと分かったから。
そしてもう元の場所には戻れないのだと思ったから。
でも、今ここで祐二といる場所は凄く温かい。
いや、きっと祐二と2人なら、どんな場所でもそうなるのかもしれない。
香苗の目には涙が溜まっていた。それは中嶋に見せたあの涙とは、明らかに違う涙だ。
祐二
「ハハッ、なんか恥ずかしいな。でも、本当にそう思ってるよ。」
祐二は頭を掻きながら少し顔を赤くして、さらにこう続ける。
祐二
「いやさ、最近の香苗なんか元気が無いように見えたから。もしかして俺が気付かない所で色々と苦労掛けてるんじゃないかって思ってさ、それで……香苗?」
そこまで言った所で、祐二は香苗が涙を零しているのに気付いた。
祐二
「ちょ……ど、どうしたんだ?ごめん、俺が急に変な事言い出したからか?」
急に香苗が泣き始めたので動揺する祐二。
とりあえず祐二はハンカチを出し、香苗に渡した。
香苗
「ごめん……違うの……私が悪いの……」
涙はなかなか止まってはくれなかった。
そしてただただ心配してくれる祐二に、香苗は何を言えば良いのか分からなかった。
香苗はどうしても涙の理由を説明する事ができない。
しかし、その後祐二がその理由を深く聞いてくる事はなかった。
きっと香苗の事を気遣って、あえて何も聞かないでいてくれたのかもしれない。
祐二は〝大丈夫、大丈夫だから〟と、繰り返し言ってくれた。
美しい桜並木を後にして、香苗は祐二に肩を抱かれながらマンションまで帰った。
そしてマンションの部屋に戻って寝室のベッドに入ってからも、祐二は香苗が眠りにつくまでずっと肩を抱いたり、手を繋いだりしていてくれた。
祐二の優しさに包まれた香苗。
夢のようだった夜。
だが、それですべてが癒される訳ではない。
香苗が犯した決して消す事ができない罪は、確かに現実のものとして残っているのだ。
そしてそれは香苗自身の心の中にも……。
コメント
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祐二が気の毒でしょうがないです。
読んでて辛いです。
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この2人は幸せになれるのか、中嶋はどんな行動に出るのか、今後の展開が楽しみです♪
早い更新お疲れ様です。
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更新ありがとうございます♪
忘れていた暖かい場所
でも、更に大きな口を開けて引きずり込もうとする暗い闇
楽しみでのめり込んでしまいます
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コメントありがとうございます。返事遅くなってすみません。
祐二はやっぱ可哀想ですよね……妻を寝取られている訳ですから。
望まれるような結末になるかどうかは言えませんが、とりあえず完結まで頑張ります。
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コメントありがとうございます。返事遅くなって申し訳ないです。
もうクライマックスが近づいていますが、最後まで頑張りますね!
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ろっきーさん、いつもありがとうございます。なかなか返事できなくてすみません。
香苗の物語ももう終盤ですが、できる限り最後まで楽しんでもらえるように更新頑張りたいと思います。