人妻 吉井香苗(63)

静まり返った部屋に響く電子音。

その音が耳に届いた瞬間、香苗の鼓動は一気に速まった。

……来た……の……?

中嶋が来ることが怖かった一方で、中嶋を求めてしまっている自分もいる。
そんな複雑な香苗の心情を、電子音が掻き乱す。

不安げな表情で、とりあえずインターホンのモニターの前まで移動した香苗。

指をモニターボタンに当てながら少しの間考えた後、ゆっくりとそのボタンを押す。

香苗 
「……ぁ……」

明るくなるモニター。

そこに映り込んだのは、やはり昨日と同じように中嶋の姿だった。

中嶋がモニター越しにこちらをじっと見つめている。

そしてその中で先に口を開いたのは中嶋の方だった。

中嶋 『……奥さん、いるんでしょ?』

……はぁ……この声……

中嶋の声。

低くて太い男らしい声が、スーっと香苗の身体の中に入ってくる。

すると、まるで何かのスイッチを入れられたかのように身体の奥が熱くなってくる。

……はぁぁ……イヤ……また……

また胸が締め付けられるように苦しくなる。

黙ったまま下唇を噛む香苗は、どうするべきなのかが分からず、声を発する事ができない。

……どうしたら……どうしたらいいの……

正しい答えは決まっている。

それはこのまま中嶋を無視し続けるという事だ。

それが祐二の妻としての正しい選択である事は明白である。

また昨日と同じ過ちを繰り返してはならない。

……だけど……ああ……私……どうして……

昨日と同じように、自分の中のもう1人の自分と闘う香苗。

そんな香苗を急かすように、中嶋は何度もインターホンを鳴らしてくる。

中嶋 『奥さ~ん、昨日約束したでしょう?』

香苗 
「……中島さん……」

思わず香苗の口から漏れた、中嶋の名前。

中嶋 『なんだ、やっぱ居るじゃん。』

香苗 
「……ご……ごめんなさい私……」

中嶋 『何を謝ってるんですか。どうかしたんですか?』

香苗 
「私……やっぱりダメなんです……」

香苗は少し声を震わせながらそう小さな声で呟いた。

それに目も潤み、赤くなっている。

中嶋 『……ん?何か思い詰めているみたいですね。とりあえず話を聞きましょう。ドアを開けてください。』

香苗 
「……でも……」

中嶋 『大丈夫ですよ、昨日みたいに強引な事はしませんから。』

香苗 
「……。」

そんな言葉、信用して良いのか分からない。

しかし、そんな風に混乱している香苗の心理を中嶋はよく心得ていた。

中嶋にとっては、この香苗の反応は予想通りでもあったのだ。

こういった事に関しては誰よりも経験豊富である中嶋。

だから中嶋は冷静でいられる。そして常に男女の駆け引き、その主導権を握れるのだ。

中嶋 『奥さん、話し合いましょう。昨日事、あれはまだ俺達2人しか知らない事なんですから。』

香苗 
「……」

中嶋 『苦しいのでしょう?辛いのでしょう?奥さん、自分を責めているのではないですか?あんな事したの初めてだから。』

香苗 
「……中嶋さん……。」

中嶋 『でも、そのまま自分の中にその悩みを閉じ込めていても、ずっと辛いままですよ。』

中嶋の口調は決して乱暴な感じではなく、実に穏やかだった。

そして、その1つ1つの言葉は香苗の心情を見事に当てている。

中嶋 『あんな事、旦那さんには相談できないでしょう?それに、今奥さんの身体に溜まっている色々なモノを解消する事も、旦那さんにはできない。それは奥さんも分かっていますよね?』

香苗 
「……でも……私……これ以上……どうしたら……」

中嶋 『とりあえず、ドアを開けてください。互いの目と目を見てゆっくり話しましょう。ほら奥さん、自分の気持ちに素直になって。』

香苗 
「……。」

中嶋のその言葉を聞いて、香苗は迷いながらも、ゆっくりと玄関へと向かう。

頭の中は混乱したまま〝どうしたらいいの……どうしたらいいの……〟と、考えながらも、中嶋の居る方へ惹きつけられていってしまう。

そして玄関のドアの鍵に手を掛ける香苗。

これを開けたら、また抱かれてしまうかもしれない。

ドク……ドク……ドク……

でも、もう本当は分かっているのだ。

先程から身体が、もう我慢できない程に火照っている。

下腹部を中心に、あの焦れったいようなムズムズ感が広がっていた。

発情した身体は完全に中嶋を欲している。

そして香苗の心も、どこかでそれを期待し始めている。

香苗 
「……ぁぁ……」

それでも怖い。

また自分が壊れてしまうのが怖い。祐二との夫婦生活を壊してしまうのが怖い。

……怖い……怖いけど……あああ……ごめん……祐二……私……

ガチャ

そんな葛藤の中で、鍵に触れていた香苗の指は自然と動いた。

香苗は今日も自分の中の欲望を抑える事ができなかったのだ。

そしてロックが解除された後、ゆっくりとそのドアは、向こう側にいる人間の力によって開かれていった。

中嶋 
「フッ……嬉しいですよ奥さん、今日も俺の勝ちですね。」



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