響子と沙弥は温泉を出て、エステとマッサージを受けた後、堂島や長岡が待っている部屋へと戻った。
部屋は2つ予約してあったが、食事は1つの部屋で4人で一緒にとる事になっている。
「お、来た来た、エステはどうだった?」
「凄く良かったよ、ね?響子。」
「うん。」
「2人共、浴衣姿が色っぽくて良いですね。」
「ウフフ、そういう事を恥ずかしげもなくさらっと言えちゃうのが凄いよね、長岡君は。」
沙弥がそう言って響子の方を見ると、響子は少し気まずそうな表情を見せていた。
――もぉ……沙弥があんな事言うから変に意識しちゃうじゃない――
響子からすれば、女の自分達よりも長岡の浴衣姿の方が色っぽく見えてしまう。
さすがにスポーツジムでインストラクターをしているだけの事はある。
筋肉ムキムキって訳ではないけれど、浴衣を捲くり上げた長い腕や脚はスラッとしていて、スポーツマンらしく引き締まっているのが分かる。
「あ、料理が来たみたい。ほら、響子は長岡君の隣に座ってね。」
「ぇ……うん。」
数人の仲居が部屋に季節感のある色とりどりな日本料理を運んでくる。
「おお、これは豪華だなぁ。」
「折角の大人の旅行なんだから、このくらい贅沢しないとね。」
沙弥はどちらかと言うと普段から高級志向で良い物を知っているから、予約する時にはしっかり料理もレベルの高い所を選んでいたのだろう。
目の前に並べられた高級日本料理は、見た目だけでなく、1つ1つの食材が丁寧に調理されていて、美味しい上に、お腹いっぱいに食べても胃袋が疲れない。
こんな上品な料理を食べるのも響子にとっては久しぶりの事だった。
何と言っても普段響子は子連れの母であるから、こういう所にはなかなか来れない。小さい子供は旅行先では特に騒ぎたがるし、食事はバイキングが定番、子供ができてからはずっと母としてそれに付き合うしかなかった。
「響子さん、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
長岡につがれた酒を口にする響子。料理が美味しいから酒も自然といつもより進んでしまう。
温泉とマッサージで解れた身体に、アルコールがじんわりと広がり、熱くなる。
そして響子は色白の頬をピンク色に染め、隣に座る長岡の横顔を見つめながら、ふと今日長岡に言われた言葉を思い出していた。
〝結婚して子供さんもいる響子さんとも、あわよくばって思ってるような危ない男なんですよ、俺は〟
――長岡さんは、本当にこんな私なんかに魅力を感じているのかしら……――
魅力、女としての魅力。
正直今の自分にはそんなに自信がない。
夫にも飽きられちゃってるような私だし……
「ん?響子さんどうしました?」
「……えっ?あ、ご、ごめんなさい!何でもないです。」
「ウフフ、響子今、長岡君を見てウットリしてたよね?」
沙弥がニヤニヤしながら響子の図星を突く。
「そ、そんな事……」
「え、本当に?」
嬉しそうな長岡。
「性格はともかく、ルックスは響子好みだからねぇ長岡君は。」
「ハハッ、性格はともかくかぁ。」
「長岡君はどうなのよ?響子の事、ストライクゾーンに入ってる?」
「入ってるに決まってるよ、もうど真ん中。」
「ウフフ、ど真ん中だって響子、良かったね。」
そうしゃべる沙弥の口調は完全に酔っ払っていた。
「ちょ、ちょっと沙弥、長岡さんに無理矢理変な事言わせないでよ。」
「いやいや、響子さん、これ俺の本音ですから。」
「……な、長岡さん……」
あまりにストレートな長岡の言いぶりに、響子は顔を赤くする。
このままでは本当に沙弥の思惑通りになってしまう。でもそれを心のどこかで期待してしまっている矛盾した自分もいた。
「響子は昔から真面目すぎるのよ。大学の時から……私と正反対。もっと遊べばいいのに、あんなに早く結婚しちゃってさ。」
「沙弥……」
「長岡君、響子はね、こんな性格だから今の結婚生活に不満があってもぜーんぶ自分の中に溜め込んじゃうの。だ・か・ら、今日は長岡君にそんな響子を解き放ってほしいの。」
「響子さん、そんなに溜め込んでるんですか?」
「い、いえその……溜め込んでるっていうか……」
「溜めてる溜めてる、響子はもう爆発しそうなくらい欲求不満なんだからぁ。」
「ちょ、ちょっと沙弥!いい加減にしてよ!飲み過ぎよ!」
「ウフフ、響子は飲みが足りないのよ、ほら、もっと飲んで。」
こうやって男の人の前で沙弥にからかわれるのも、学生時代以来。
響子は赤面しながら怒っているのに、沙弥は笑ってる。それでもこうやってワイワイしているのが響子は楽しかった。
そしてそんな中で徐々に響子と長岡の距離も縮まっていく。
長岡は酒が回って気が大きくなっているのか、響子の肩に手を回して抱き寄せるようにしてきた。響子は最初少し驚いたものの、嫌ではなかったから、そのまま身を任せていた。
アルコールが効いてきて、隣にはカッコイイ人が居て、部屋には軽い空気が流れている。
なんだかこのまま、ハメを外したくなってくる。
今までの人生でそんな事をした事は一度もないけれど、〝もういいか〟と思い始めている弱い自分がいた。
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