祐二
「じゃあ、行って来るわ。」
香苗
「うん、いってらっしゃい。」
朝、仕事に向かう祐二をいつも通りに見送った香苗。
笑顔で見送ったものの、祐二が出て行くと香苗はすぐさまその場で欠伸(あくび)をしてしまった。
完全に睡眠不足だ。2日続けての夜更かしが原因である。
香苗
「……はぁ……」
そして欠伸をしたかと思えば、今度は深いため息が口から漏れる。
キッチンに戻って朝食で使った食器を洗いながら、香苗は同じようなため息を何度も出していた。
その原因はやはり、昨日夜中に自分がしてしまった事だ。
夜中に1人でリビングでした自慰行為。
昨日はなぜか信じられない程興奮している自分がいて、女性として初めての快感絶頂も体験してしまった。しかも夫・祐二とのSEXの後にだ。
身体の中心を突き抜けるような刺激的な快感。
これがイクという事なんだと、その女性だけが経験できる快楽に悦びを感じている自分がいて、そして素直にイク事は気持ちイイのだと全身をもって感じた。
絶頂の余韻に身体を震わせながらそんな事を本能的に感じていた香苗。
しかし、その後に香苗を襲ってきたのは強烈な罪悪感と後悔だった。
香苗は真面目な女性だ。
妄想の中とはいえ、祐二を裏切ってしまった自分が許せなった。
香苗は妄想の中であの男、中嶋の声によって人生初の快感絶頂へと導かれたのだから。
夫以外の男性に性的な感情を抱いてしまった自分が情けない。
自分はそんなにだらしない女だったのかと、心の中で強く自分を責めた。
その後しばらくソファの上で泣き続けた後、香苗は祐二がいるベッドの中に戻った訳だが、仕事に疲れてグッスリ眠っている祐二の顔を見ると余計に辛かったし、今朝の祐二が仕事へ向かう姿を見るのも辛かった。
……祐二は一生懸命私のため、家族のために頑張ってくれているのに……
そんな強い罪悪感と後悔を感じる中で、香苗は強く心に決めるのであった。
もうあんな裏切り行為はしたくない、いや、絶対にしない。
心の中だけでも他の男性の事を考えるなんて、そんな事はもう二度とあってはいけない。
……私は祐二の妻で、祐二は私を愛してくれてるし、私も祐二を愛してるんだから……
祐二を愛してる……それは香苗の心に確かにある揺ぎ無い気持ち。
それを再確認した上で、罪悪感や後悔が大きかった分、香苗のその決意は固いものであった。
そう……少なくともこの時は香苗の決意は相当に固いものであったのだ……この時は……。
朝の洗濯という仕事を終えた香苗は少し仮眠を取る事にした。
昼間から寝てしまうような主婦にはなりたくないと思っていた香苗だったが、今日は別だ。
少しでも睡眠をとらないと晩御飯の仕度にも支障がでそうだし、今日は食材の買出しや祐二に頼まれている銀行の手続きにも行かないといけない。
こうやってまた家事に集中できる生活が戻ればあんな事はきっとすぐに忘れられる。香苗はそう考えて気持ちを切り替える事にした。
お隣でせっかく友達になれた恭子だったが、もし次に中嶋が来るような機会にはしばらく参加しないでおこうと思った。
中嶋という男をそんな風に変に意識する事自体間違っているような気もしたが、よくよく考えてみればみる程、やはり香苗は元々あんな風にセクハラ紛いの言葉を女性に対して平気で掛けてくる男性が好きではなかった。
祐二もしばらく仕事で忙しいと言っていたし、恭子だって同じように忙しいだろう。どうせそんな機会しばらく無いとは思うが、もし誘われてもやんわり断ればいい。
そんな風に自分の中で考えをまとめ、ある程度気持ちを落ち着かせる事に成功した香苗は、目覚まし時計をセットして仮眠のためベッドに入った。
……大丈夫、すぐに忘れられるわ…ううん、もう気にしてないんだから……元に戻ろう……
ベッドの中で目を閉じ、そう何度も自分に言い聞かせる事で安心できたのか、香苗はすぐに眠りの世界へと落ちていった。
安心という感情は良質な睡眠のために絶対に必要なもの。
大きな後悔から、なんとかある種の安心を生み出す事ができた香苗は、気持ちよく眠りの世界に浸っていた。
しかしこの後、香苗は思わぬ形で眼を覚ます事になる。
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