……来た……
今日も隣の恭子の部屋に、中嶋が女性を連れ込んできた。
香苗は自室の窓を少し開けた所で、息を潜めながら隣から聞えてくる声に耳を傾けている。
香苗
「……はァ……」
ドキドキと胸が高鳴っているのが自分でも分かる。
昨日の夕方からずっと心待ちにしていた事が、今から起きるのだ。
そう、香苗はずっとこの事を考えていた。
晩御飯の仕度をしている時も、夫・祐二と食事をしている時も。ベッドの中、祐二が寝ている横でなかなか眠れなかったのも、ずっとこの事を考えていたから。
中嶋
「いいからシャワー浴びてこいって、早くしろよ。」
中嶋の低い声が聞こえた瞬間、香苗は自分の身体がカァっと熱くなっていくのを感じた。
今、リアルタイムで中嶋の声を聞いている。それだけで今自分が感じている興奮が、昨日感じた興奮とは全く違うものだと分かる。
想像の中での声と、現実に聞えてくる声はやはり違う。
まるで中島の声が身体の中に入ってきて、身体の中心から興奮を掻き立てられているような、そんな感覚。
香苗
「……ぁぁ……」
昨日の夕方、香苗はシャワーを浴びる前に自慰行為をした。いや、気付いてたらしていたと言った方が正しいかもしれない。
気付いたら夢中になって、自分のアソコを刺激していた。
男の人の手に身体を触られるのを想像しながら。
中嶋の手に身体を触られるのを想像しながら。
中嶋の男らしい大きな手に。
中嶋の低い声に、イヤらしい言葉を浴びせられるのを想像して。
その時にはあの罪悪感はすっかり消えていた。頭の中は快楽を求める事だけで埋まり、他の事は一切考えられない。
指で陰核を刺激すると、身体全体が甘い快感にじんわりと包み込まれていくのを感じた。
素直に香苗は〝気持ちイイ〟と思った。
しかし……それだけだったのだ。
自分で慰める事によって、ゆっくりと優しく身体に広がっていく快感。
それは香苗にとって気持ちの良いものであったが、同時にどこか物足りないものでもあった。
快感はずっと一定で、波も小さく、穏やか。
自慰行為を続けていればいつか解消されるだろうと思っていた身体に溜まったモヤモヤ感は、結局1時間以上をそれを続けても無くならなかった。
自ら刺激を与え、快感を感じているのに、なんだかずっと焦らされているような感覚。
外が暗くなり、やっと自分を慰める手の動きを止めた頃には、解消しようとしていたはずのモヤモヤ感、ムラムラ感が、自慰行為をする前よりも逆に増大してしまっている事に気付いた。
……全然…満足できない……物足りない……
香苗はその場で焦れったそうに下唇を噛み、両太腿を擦り合わせた。
こんな事は生まれて初めてであった。
こんなにも……性欲というものが、まるで箍(たが)が外れたように一気に大きくなってくるなんて。
溢れるようにして湧き出てくる自分自身の性欲に戸惑いながら香苗はこう思った。
……どうしたらいいの……?
そう自分に問いかける香苗。
しかしそれは偽りの自分であり、本当の香苗はそんな事を思っていない。
本当は知っていたのだ、香苗は。
自分が今、何を求めているのか。自分の身体が、心が、何を欲しているのか。
それは……中嶋だ。
中嶋の声だ。
あの低くて男らしい、そしてネットリとしてイヤらしい声。
あの声を、もう一度近くで聞いてみたい。近くで感じてみたい。
想像ではなく、現実の世界で。
それは欲望の中で芽生えた、確かな願望。
……早く…早く聞きたい……
ずっと中嶋の声を想像しながら、それが現実の音となって伝わってくるのを心待ちにしてしまっていた香苗。
祐二の顔を見ると、少し後ろめたい気分にもなったが、それが自分の欲望を上回る事はなかった。
そして今、部屋の壁一枚を挟んだ向こう側に中嶋がいる。
嫌悪感さえあるはずなのに、なぜか濃厚なオーラで自分の女としての本能を刺激してくる中嶋が、壁のすぐ向こうにいる。
昨日の夕方から今日の昼まで、こんなにも時間を長く感じた事はこれまでなかったかもしれない。
これ以上焦れったいのは、我慢できない。
今日はもう、香苗は決めているのだ。
今日は、淫らな自分になると。
他には誰もいないこの部屋で、淫らな自分を曝け出したい。
香苗
「……はァ……」
香苗の口から興奮を帯びた吐息が漏れる。
あらかじめ、ブラウスの中のブラジャーはしていない。
そして中嶋が隣の部屋に着た事を確認した香苗は、ゆっくりと両手をスカートの中に入れたのであった。
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