官能小説 喰われる人妻 菜穂(1)

結婚8年目、菜穂と智明の夫婦生活は2年前までは順調だった。

2人の子供に恵まれ、一戸建ての家もローンを組んで購入。

智明も、さぁこれからバリバリ働いていこうと意気込んでいた矢先の事だった。

2年前の猛烈な不況の煽りによって、智明が勤めていた会社が傾き始めたのだ。

それでも真面目な智明は必死に働いた。

家族のため、そして会社のためにも。

智明は、お金のためだけに働いていた訳じゃない。高い志を持って就職した会社だ。

上司も、社長も、若い頃からお世話になった人達ばかり。

だからこの会社の危機を乗り越えるために、一社員として何とか力になりたかったのだ。

沈みかけた船から逃げ出す者も沢山いた。でも、智明は最後まで残った。

2年間は殆ど不眠不休で働いた。

菜穂もそんな智明を支えるために、妻としてできる限りのサポートはしてきた。

先行きの不安は相当なものであったし、2人共胃が痛くなるような日々が続き、その中で智明がストレスのあまり円形脱毛症になってしまった事さえあった。

菜穂はそんな智明が心配で心配で仕方なかったが、それでも一生懸命頑張っている智明を尊敬し、応援し続けた。

だが、現実は残酷だった。

一時は立て直しの兆しを見せた会社も、世の中の流れには勝てず、結局倒産してしまったのだ。


「菜穂、ごめん、こんな事になってしまって。」


「そんな、智明が謝る事ないわよ。仕方のない事だし……智明は一生懸命頑張ってくれたんだもの。」

会社は倒産し、職を失って、智明はげっそりする程落ち込んでいた。

しかし、智明には守るべき家族がいる。

生活のためには、こんな状況でも前に進まなければいけないのだ。

失業手当を支給してもらいつつ、智明は職業安定所でさっそく就職活動を始めた。

だがそこでも智明は世の中の厳しさを感じざるを得なかった。

良いと思った会社に10社程面接を受けに行ったが、すべてダメだった。

もちろん、それでも働ける場所が全くない訳ではない。

多くの事を妥協すれば、この不況の中でも雇ってくれる所はある。

でも、あまりに安い賃金では住宅ローンはとても払っていけないし、子供の養育費だって厳しい。

菜穂と沢山話し合って買った、こだわりの家。

菜穂が喜んでくれたキッチン、休日にはいつも智明が手入れしていた綺麗な庭、2つの可愛い子供部屋。

この家まで、手放さないといけないか。

どうしてこんな事に。

少し前まではあんなに幸せに暮らせていたのに。

しかし、それでも現実とは向き合わなければいけない。

菜穂はパートタイムで働き始めてくれていたが、智明も早く就職先を決める必要があった。

そんな中、前の会社で同期だった近藤という男から智明に連絡が入った。

近藤は智明よりも一足先に会社を辞め、すでに新しい会社に再就職していた。

それで近況報告がてら、久しぶりに一緒に飲まないかと。

正直今はのんびり酒を飲んでいる余裕などなかったのだが、再就職の事でなにか参考になる話が聞けるかもしれないと思い、智明は呼ばれた居酒屋に出向いた。


「おお、小溝!久しぶり!」


「久しぶり、元気そうだね。」


「ハハッ、まぁ、とりあえず一杯飲めよ。」

そう言ってグラスを智明に渡して瓶ビールを注ぐ近藤。

智明はそのビールに口を付けて少量だけ喉に流し込んだ。

元々そんなに酒は得意ではない智明。今は状況が状況だけに、特にこの酒は美味しくは感じられなかった。


「で、どうよ?最近調子は。」


「いや、それが……色々と厳しくて。」


「もしかして、まだ決まってないのか?再就職。」


「なかなかね。早く決めたいとは思っているんだけど。」


「そうなのか……意外だな、お前ならすぐに雇ってくれそうな所くらいありそうなものだけど。」


「その辺の事は少し甘く考えていたのかもしれない。まさかここまで再就職で苦しむとは思わなかったよ。」


「俺が2年前に辞めた時は今ほど悲惨な状況じゃなかったからすぐに決まったけど、やっぱり厳しいんだな、今は。」


「まいったよ、本当に。」


「悪かったな、そんな大変な状況なのに呼び出したりなんかして。」


「いや、いいよ、別に。」


「……ところで小溝、菜穂ちゃんは元気なのか?」


「菜穂?菜穂はなんとか元気でやってるよ。色々心配は掛けてしまっているけどね。菜穂のためにも、早く働く場所を決めないと……。」

それを聞いて、近藤は少し考え込むようにしていた。

そしてグラスに残っていたビールをゴクゴクと飲み干すと、こんな事を言い始めた。


「なぁ小溝、うちの会社で良かったら、人事の方に聞いてみようか?お前を雇えるかどうか。」


「えっ?いいのか?」


「ああ、うちの会社がお前が望む条件に合っているかどうか分からないけどな。」


「いや、頼むよ、ぜひ。」

近藤が再就職した会社は業界では結構大手だ。

正直智明は、早々にそこに再就職を決めた近藤の事が羨ましいと思っていたんだ。


「でもあんまり期待しないでくれよ。俺も人事に聞いてみないと、雇えるかどうかは全く分からないからさ。」


「聞いてくれるだけありがたいよ。ありがとう!本当に。」


「ま、俺も菜穂ちゃんが悲しんでる顔は見たくないしな。」

期待しないでくれよと言われても、期待してしまう。

もしこの話が良い方向に進んでくれれば、菜穂を安心させてあげられる。住宅ローンだって、どうにかなるかもしれない。

智明は心から近藤に感謝した。

だがしかし、智明はこの時思いもしなかった。

まさかこの話が、近藤の悪意に満ちたものであったとは……。

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