官能小説 喰われる人妻 菜穂(2)

智明と近藤は同期だったとはいえ、実は元々そんなに仲が良い訳ではなかった。

入社当時こそ、よく一緒に飲みに行ったものだが、2年3年経つにつれ、そういう機会は減っていった。

と言うのも、智明は上司には可愛がられ、後輩にも慕われるタイプであったのに対し、近藤はその逆で、遅刻が多かったり、仕事の期限を守れなかったりと、上司からの信頼も薄く、その割に後輩には大きな態度を取っていたので嫌われていた。

そんな社内で智明が次々と昇進していく中、近藤はすっかり置いてきぼりを食い、社内で邪魔者扱いされてしまっていたのだ。

だから元々プライドだけは高い性格だった近藤は、同期の智明に尋常じゃない程の嫉妬を抱いていた。

そしてそんな中、そのプライドをさらにズタズタに破壊される出来事が起きた。

智明と菜穂の結婚だ。

同じ業界の関連企業に勤めていた菜穂に、先に目を付けていたのは近藤の方だった。

菜穂は透明感のある清楚なタイプの美人で、それでいて出しゃばったりしない控えめな性格で、近藤は菜穂と少し会話しただけでその優しげな笑顔に心奪われてしまったのだ。

整った顔立ちと高身長のスタイルを持ち合わせていた近藤は、学生時代から女には不自由してこなかった。

だから当然菜穂も自分のものにする自信があった。

しかし、菜穂からの返事はNOだった。やんわり
「ごめんなさい」

と。

何度か食事にも誘い、手応えはあった。もうすぐ俺のものになるぞと、確信していた。

それなのに、なぜだ。理解できなかった。

近藤にとって、女性に振られたのはそれが人生で初めての事であった。

それからしばらくして、智明と菜穂が付き合っているという話を人伝で聞いて、近藤は驚いた。

菜穂と智明が……?馬鹿な。

どうやらとある会社関係のパーティーで知り合ったらしい。

そして付き合い初めて1年半後に、智明と菜穂は結婚。

近藤があんなに口説くのに苦労していた菜穂を、智明はあっさりと奪っていったのだ。

しかし近藤も大人の男だ。みっともない所は見せられなかった。

近藤は2人の前で笑顔を見せ、祝福した。


「智明、やられたよ、本当は俺も菜穂ちゃんを狙ってたんだけどな。ハハッ冗談だよ、昔の事だ。おめでとう!俺も嬉しいよ、2人が一緒になってくれて。菜穂ちゃんを幸せにしてやれよ。」

でも内心は穏やかではなかった。

社内でも多くの祝福を受けて笑顔を見せていた智明を、近藤は隅から睨みつけていた。

これ以上ない程の屈辱感を、その時近藤は味わっていたのだ。


「人事部長の天野さんは天野社長の息子で、将来的にはうちの会社を継ぐことになるかもしれない人だから、天野さんに気に入られれば間違いないぞ。」

智明は近藤が言っていた言葉を思い出し、緊張していた。

これから受ける面接が、この先の人生を決める。

なんとしても成功させなければならなかった。


「小溝さん、どうぞ。」


「は、はい!」

その天野部長による直接の面接。

掛かった時間は、予想よりも大分短かった。


「そうですか、確かに前の会社での実績は大した物だ。う~ん、でもねぇ……いや、実は親しい近藤君からの紹介って事だったから面接しようという事になったんだけどね、うちは今どちらかと言うと中途採用には慎重でね。」

社長の息子だという天野部長は、イメージしていた人物とは違っていた。

歳は智明や近藤より二つ三つ上くらいだろうか。

もっと堅そうな人を想像していたが、なんというか、その容姿は会社員らしくないというか、社会人らしくないというか。

スーツこそ着ているものの、肌は黒く焼け、髪も染めているようだし、なんと耳にはピアスまでしていた。

身に着けているものは高級そうだし、不潔感はないが、どこか軽く見えた。


「では合否については、またこちらから連絡しますから。」


「はい、本日はどうもありがとうございました。……失礼いたしました。」

面接の手応えはなかった。

向こうの態度からは、仕方なく面接をしてやっているという雰囲気が漂っていた。

天野部長の表情は、なんとも面倒臭そうで、さっさと終わらせたいという本音が透けて見えていた。

正直、今まで受けた10社よりも面接の出来は悪いように思えた。

智明は暗い気持ちで家に帰った。


「おかえりなさい。」

家の玄関のドアを開けると、エプロン姿の菜穂が迎えてくれた。

キッチンの方からは美味しそうな香りがする。

菜穂はこんな大変な時期でも家族の食事を全て手作りしてくれていた。

菜穂自身もパートの仕事や子育てで多忙だというのに、色々と工夫しながらお金の掛からない節約料理を家族のために。

食事の時くらいは美味しい物を食べて、笑顔になってほしいという菜穂らしい前向きな優しさだった。

その菜穂の優しさや、子供たちの笑顔が、どれだけ智明の心の支えになってきた事か。

しかし今日ばかりは、さすがにそんな料理でも喉をなかなか通ってはくれなかった。

食事やお風呂を済ませ、子供達を寝かせた後、智明は重そうに口を開いた。


「今日行ってきた面接の事なんだけど……駄目かもしれない。」


「ぇ……」


「たぶん今日の感じだと……採用はしてくれないと思う。」


「……そう、だったの……」

〝駄目かもしれない〟という智明の言葉に、菜穂もショックを隠しきれていなかった。

近藤から話があった時には、正直菜穂も期待してしまっていたのだ。これで決まってくれればと。

しかし菜穂は落ち込む智明の姿を見てしばらく考え込むようにした後、こう話し始めた。


「ねぇ智明、私……この家は諦めてもいいよ。私は子供達と智明が元気でいてくれれば、それだけで幸せだし。それに私も働けるし、きっと家族で協力していけば大丈夫よ。ね?」

そう言って菜穂は下を向く智明の手をとって、両手で包み込むようにして握った。


「……ぅ……ごめん……菜穂……」


「大丈夫、大丈夫だよ、智明。」

智明は菜穂の優しさに包まれながら、男泣きしていた。

ここ数年ずっと辛い時期を過ごしてきた智明、もう精神的に限界を超えていたのだ。

しかしそれから数日後、近藤から思わぬ連絡が入った。

なんと、近藤が天野部長との食事会をセッティングしてくれたのだと言う。

そこで採用について天野部長から前向きな話があると。


「それでな小溝、そこにはぜひ菜穂ちゃんも出席してほしいんだよ。」


「え?菜穂も?」


「あぁ、ぜひ夫婦で来てほしいんだ。その方が印象も良いと思うし。駄目か?」


「いや、そんな事はないけど……分かったよ、菜穂も一緒に行けばいいんだね?」


「あぁ、じゃあ頼むよ。」



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