官能小説 喰われる人妻 菜穂(3)


「奥さんどうです?ここのフォアグラ、美味しいでしょう?」


「は、はい、とっても。」


「しかし、まさか小溝さんの奥さんがこんなに美人な方だったとはねぇ、驚いたよ。」

食事会はとあるフランス料理店の個室で行われていた。

席に座っているのは近藤と人事部長の天野、そして智明と菜穂の4人である。

この食事会がいかに大事なものであるかを、菜穂はしっかり認識していた。

なにせ目の前にいるこの人事部長のさじ加減一つで、夫の仕事と、自分達家族の今後の生活が左右されるのだから。

正直リラックスして食事なんてできなかったし、料理を味わう余裕だってなかった。

どうして妻である自分までもここに呼ばれたのかは分からなかったが、とにかく、相手に失礼があってはいけない。

智明の妻として、できる限りの気遣いはしないと。


「お二人はもうご結婚されてどれくらいなんですか?」


「もう8年目になります。」


「8年?へぇ、まだ新婚夫婦のように見えるのに。お子さんは?」


「子供は2人、います。」


「2人もいるんですか、それはそれは、良いですねぇ。でも奥さんは本当に、子持ちとは思えないほど若々しくてお綺麗だ。」


「いえ、そんな……」


「奥さんはモデルでもやっていらしたんですか?」


「私がモデルですか?い、いえ。」


「本当に?どこからかスカウトがあってもおかしくなさそうなのになぁ。まぁ私がスカウトマンだったらこんな美人、間違いなく声を掛けますけどねぇ、ハハハッ!」

少し話をして、菜穂はこの人事部長の天野という男が苦手だと思った。

前もって智明から聞いていたものの、その風貌はとても会社員には見えないし、出てくる話題も、なんとなく不真面目と言うか、セクハラじみているような気がする。

それに悪気はないのかもしれないが、目つきや視線もイヤらしいような感じがしたのだ。

ギラギラして脂ぎっていると言うか、顔だけではなく身体までじっくり観察されているような、そんな視線。

もちろんそれは菜穂が我慢できない程のものではない。

いや今日に限っては、どんな事を言われようとも笑顔で応えなければならないのだ。家族のために。

それからも話題は菜穂の事が中心だった。

大学時代やOL時代の事を色々聞かれたり、子供はもっと増やすつもりはないんですか?なんて事まで聞かれた。

採用に関しての話だと聞いてきたのに、智明の方には殆ど目もくれない。


「奥さんは腰がしっかりしてそうだし、へへ、もっと沢山子作りして、2人と言わずに3人4人と作ればいいのに。今は少子化だしな。近藤君もそう思うだろ?」


「ハハッ、そうですね。」

デリカシーのない言葉。

でも嫌な顔は見せらない菜穂は、頑張って笑顔を作っていた。

そしてそれからしばらくしてデザートが運ばれてきた頃に、やっと話は本題に入っていった。


「しかし大変だったでしょう、子供もいるのに旦那さんの会社が倒産してしまうなんて。」


「……そう、ですね。」


「今はどこも厳しい。小溝さんと同じように職を探している人間は沢山いるからねぇ。」


「そうですよね……。」


「うん。それでね、小溝さんの採用の事なんだけど、まぁうちも中途採用には今は消極的なんだが……今回は近藤君からのお願いだから、特別だな。」

そこまで聞いて、智明と菜穂の表情はパッと明るくなった。


「ハハッ、まぁ私もこの美人な奥さんの悲しむ顔は見たくないんでね、断ることはできないよ。だから小溝さん、とりあえず契約社員での採用という事でどうだね?」

しかし〝契約社員〟という言葉を聞いて、一瞬智明の顔が曇る。

本採用してくれるって話じゃなかったのか。


「契約……社員ですか?」


「ハハッ、まぁ悪いように受け取らないで、本採用へ向けた契約だと思ってくれればいいよ。結婚して子供も2人いるならそれなりの給料じゃないと満足できないでしょう?だからこちらも小溝さんにはそれなりに良いポジションを用意したいんですよ。」


「はぁ。」


「良いポジションというのは、それだけ重要だという事だ。つまり、能力のない人間には勤まらない、分かりますよね?」


「はい。」


「だからこちらとしては、その契約期間の内に、小溝さんがそのポジションに見合った仕事ができるかどうか、見極めたいんですよ。言い方は悪いかもしれないが、我々はハズレくじは引きたくないんでね。アタリである事を確認してからじゃないと本採用はできない。……それでは不満かい?」


「い、いえ!そんな事はありません。」


「悪いねぇ試すような事をして。その人がどれだけ仕事ができるかっていうのは、履歴書や面接だけではどうしても知る事ができないからね。即戦力になってもらいたい中途採用の場合は特に慎重になるんですよ。もちろん私は、小溝さんには期待しているんですよ。」


「はい、ありがとうございます。ご期待に応えられるように全力で頑張りたいと思います。」


「ハハッ、そうかそうか。よし、じゃあこの話はこれで終わりだな。ささ、奥さん、デザートを召し上がってください。ここはデザートも美味しくてね、特に私はこのアイスクリームが大好きなんですよ。溶けない内に、さぁ。」


「は、はい、頂きます。」

帰りのタクシーの中で、智明と菜穂は溜め息をついていた。

それは天野の相手をするのに気疲れしたのと、契約社員とはいえ、とりあえず採用して貰えたことへのホッとした安心感から漏れた溜め息だった。


「悪かったな菜穂、なんだか気苦労させてしまって。」


「ううん、あれくらいどうって事ないわ。それより良かったね、決まって。」


「ああ、とりあえずな。あとは俺の頑張り次第だな。」


「私もできる事があれば何でも協力するから、一緒に頑張ろうね。」


「うん、ありがとう菜穂。」

ようやく見えて来た未来に、久しぶりに夫婦に笑顔が戻った。

しかしまだ2人は知らない。

この先の未来に、さらに過酷な現実が待っている事を。


「どうでした?天野さん。」


「いやぁよくやってくれたよ近藤君。へへ、あれは今までにない程の上物だ。」

智明と菜穂が去った後、2人はタバコを吸いながらニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。


「当たりかハズレかを見極める期間など必要ない。あれ程の女が喰えるなら、すでに当たりクジを引いたも同然だな、ハハハッ!」


「気に入っていただけてなによりです。」


「それが君の仕事だからな、今回はよくやってくれた。それより近藤君、俺はもう今から待ちきれないよ。さっさとあの美味しそうな人妻を味見させてくれ。」


「はい、承知しました。すぐに準備しますので。」



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