「じゃあいいですか?」
「……ウン、いいよ。」
ソファに座った2人が向き合いました。
「ただのハグですから、そんな緊張しなくてもいいんですよ?挨拶みたいなものですから。」
「う、うん……」
優子がそう返事をすると、斎藤君は長い腕を広げて優子の身体を包み込むようにして抱きしめました。
その映像を見た瞬間、私の胸は苦しくなりました。
斎藤君の腕の中で顔を赤くしている優子。嫉妬心が尋常ないほど沸き上がってきます。
「……」
「……」
「……ねぇ斎藤君……まだなの?」
斎藤君が優子を抱きしめたまましばらくしても全く動かないので、優子はそう聞きました。
「まだって何がですか?」
「まだ終わらないの?これ。」
「まだです。もう少しこのままでいさせてください。」
「……もぉ……」
「あ~いい。優子さんを抱きしめてると癒されるっていうか、凄く落ち着きます。優子さんはどうです?」
「私?……分かんないよ……変な感じ。」
「旦那さん以外の男に抱きしめられてるからですか?」
「……ウン。」
「優子さんの方からも俺を抱きしめてくださいよ。軽くでいいですから。」
斎藤君にそう言われ、優子は
「え~……」
と言いながらも、斎藤君の背中に腕を回して
「これでいいの?」
と聞きました。
「はい、良い感じです。」
「もぉ……斎藤君って意外と甘えん坊なんだね。」
「俺がこんな風になるのは、優子さんの前だけです。」
「それは絶対嘘。」
「本当ですってば。」
「私はそんなのに騙されませーん。」
抱きしめ合ったままそんな会話をしてクスクス笑い合う二人。
そしてその体勢のまま、もうすでに5分以上が過ぎていました。
「ねぇ斎藤君、まだなの?」
「まだですよ。」
「もうずっとこうしてるよ?終わりにしようよ。」
「ダメです。」
「ダメですって……いつまでこうしてるつもりなの?もういい加減……」
「離しません。」
「え?」
「優子さんを離したくないです。」
そう言って斎藤君はさらに優子の身体をきつく抱きしめました。
「ちょ、ちょっと斎藤君っ」
そして少し困惑気味の優子に、斎藤君は笑顔でこう言いました。
「キスしてくれたら離してあげますよ。」
案の定の展開。
しかしそれを聞いた優子もなぜか笑っていました。
キスをするためだけにあまりにも必死になっている斎藤君が可笑しく思えたのかもしれません。
「え~なにそれ~、話が違うじゃん。」
「してくれないならずっと離しません。」
「もぉ~斎藤君ずるいよぉ、離してっ。」
優子は力づくで斎藤君から離れようとしますが、斎藤君の腕はビクともしません。
「だからキスしてくれたら離しますって。」
「え~……卑怯だよ。」
「危険な男にこんな事を許すからですよ。」
「わぁなにそれ、私を騙したの?」
「優子さんへの気持ちは本当ですよ。だから優子さんの唇が欲しいんです。」
「やだ……斎藤君、イヤらしい……」
「強引なのは嫌いですか?」
「好き嫌いじゃなくて、こんな事されると困っちゃうよ。」
「キスをしてくれたら離します、これは本当ですから。約束します。」
「もぉ……そこまでしてしたがる理由が分からないんだけど。」
「俺にここまでさせるくらいに優子さんは魅力的なんですよ。」
「よく恥ずかしげもなくそういう言葉が言えるね、普段から言い慣れてるから?」
「過去の事はどうでもいいです。今は優子さんに夢中なんです。」
「もぉ……そんな事言われると私の方が恥ずかしくなってくるよ。」
斎藤君にここまで強引な事をされていても、やはり優子は嫌そうにはしていませんでした。
本心から拒みたいと思っているなら、もっと抵抗するばずです。
それどころか時折見せる優子の笑顔を見ていると、寧ろこの状況を楽しんでいるようにさえ見えてしまいます。
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