「調査してくれって言われてもなぁ……」
貴子と別れた後、安本は少し頭を抱えていた。
引き受けたのはいいが、個人の私生活や過去を事細かに調べるなんて、そうそう簡単にできる事ではない。
何せ、安本は単なるカメラマンなのだから。
だがあんな大金を目の前で積まれたら、貧乏人の安本は断れない。
――まぁこれで当分食うには困らないから助かったけどな、丁度貯金も底を突きかけていたし。しかしこんな大金をあっさり渡してくるなんて……貴子はいったい何者なんだ?ただの専業主婦じゃない事だけは確かだ。
あの美貌の持ち主だからな、夫が相当な金持ちとか、そんな所か――
「にしても、どうするかな。そんな探偵みたいな事、俺には……」
安本は封筒の中の札束を見つめながら考えていた。
「探偵……?そうだ!もう久しく会っちゃいないが、アイツに駄目元で連絡してみるか。」
家族でも知り合いでもない若い女の子の事を調べてくれだなんて、普通の探偵ではこんな依頼、引き受けてはくれないだろう。怪しまれるだけだ。
だから貴子もこんな無茶な事を俺に頼んできたんだと思う。かと言って俺にも無理だ。
でも、俺が知っているアイツならなんとかしてくれるかもしれない。
そして数日後……
「久しぶり!沢村、元気か?」
「おう、久しぶり。まぁなんとかな。」
「悪いな、忙しい中呼び出したりして。」
「いいさ。で、なんなんだ?用って。」
沢村とは昔雑誌の仕事をしている時に知り合った。
当時沢村は雑誌記者で、政治担当だった。
まぁ政治担当と言っても、何か政治思想を語る訳ではなく、与野党関係なしに政治家のスキャンダルや面白裏話、問題になりそうなネタなどをどこからともなく拾ってきて、そういう記事ばかりを書いていた。
その後、もっと金になる仕事がしたいと沢村はその情報収集能力を生かして探偵事務所を開いた。
そしてそれがなんと大当たり。主な顧客は大物政治家や大物財界人、芸能人など、面白い事に記者時代に沢村が記事のネタにしてきたような相手からの依頼が多いらしい。
妻の不倫相手の事を調べてほしいだとか、逆に自分の不倫相手に裏がないか調べてほしいだとか。
そして時には裏の世界の人間からの依頼もあるのだとか。それがまた良い金になるらしいのだが、内容は教えられないと言っていた。
それなりにリスクのある仕事みたいだが、その分儲かっているみたいだ。
――元々沢村の情報収集能力は並外れたものがあったからな、ある意味コイツに向いている仕事なんだろうな――
その上恐れ知らずだから、沢村は法外の事でも難なくやってしまう。
だからこそ、今回の件も、沢村なら引き受けてくれると思った。
「で、俺はその志乃って女子大生の事を調べればいいのか?」
「あぁ、引き受けてくれるか?」
「いいけどさ、また随分若い女の子だなぁ。安本、お前この女の子をどうするつもりなんだ?」
「それは……」
「ハハッ、まぁ深くは聞かないさ。でも言っておくが、俺を雇うにはそれなりに金が掛かるぞ?なんせ俺の客はそこいらの一般人とは違うからな。」
「……そんなに高いのか?」
安本が不安そうに聞き返すと、沢村はまた大きく笑った。
「ハハッ、いいよ、俺とお前は長い付き合いだしな。特別に安くしとくよ。」
「ありがとう、恩に着るよ。」
沢村への支払いは貴子から貰った金で払える。
これで一つ仕事は片付いたようなもの。
――あとは……俺は志乃の写真を撮りまくるだけだな。しばらくはそれが俺の仕事だ――
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