空はもうすっかり暗くなっている。
様々なお店の明かりが光輝く駅周辺の街は、昼間とは違う、夜独特の雰囲気を醸し出している。
居酒屋の前に集まっている仕事終わりの社会人達、路上で楽器を演奏している夢追う若者、手を繋いだり肩を寄せ合せあったりしながら歩くカップル。
多くの人の話す声、足音、タバコの臭い、化粧の臭い、そんな落ち着かない騒々しい所から抜け出した果歩と友哉は、駅裏の薄暗い道路に出ていた。
駅前とは違って少し静かな駅裏。
暗い道の両側には所々青やピンクのネオンの明かりが点いている。
大人の男女だけが歩ける道・・・そんな特別な雰囲気がこの道にはあった。
友哉
「果歩、どこに行くんだ?」
友哉の顔を一向に見ようとしない果歩。
しかし果歩はこの道に入ってから歩くスピードを少し落とすと、俯いたまま小さく口を開いた。
果歩
「・・・私・・・もう大学あんまり行ってないんだ・・・」
久しぶりにちゃんと聞く、果歩の声。
友哉
「・・・そうらしいな。」
果歩
「大学に行ったの?」
友哉
「・・・あぁ・・・行ったよ。」
友哉のその言葉を聞いて、果歩が足を止める。
果歩
「そうなんだ・・・。」
友哉
「・・・・あのさ・・」
果歩
「誰かから聞いた?」
友哉の話を遮るようにして問う果歩。
友哉
「・・・聞いたって・・・何を?」
果歩
「私の話・・・。」
友哉
「・・・・・」
果歩の問いに友哉は何と返したら良いのか分からず黙ってしまった。
相変わらず果歩は俯いたまま友哉の顔を見てくれない。
友哉
「あのさ果歩、俺は・・・」
果歩
「ねぇ友哉・・・」
もう一度果歩は友哉の声を遮るようにして口を開いた。
果歩
「・・・ここ・・入ろ?」
友哉
「え?」
そう言って果歩が向いた方を確認した友哉は目を丸くした。
友哉
「ここって・・・」
果歩が入ろうと言ったそこは、所謂ラブホテルと呼ばれる建物だったのだ。
ここが何をする所なのかぐらい友哉も知っている。
突拍子な提案に、友哉は果歩が何を考えているのか分からなくなった。
果歩
「・・・嫌?」
友哉
「え?ぁ・・・いや・・・嫌ではないけど・・・」
果歩
「じゃあ入ろ?」
果歩の心理はよく分からなかったが、友哉は果歩の要望に応える事にした。
果歩は何かを伝えようとしているのかもしれない。
・・・・・・
建物に入り部屋へと向かう途中、2人は黙り込んでいた。
付き合っていた時にも2人でラブホテルに入った事は数回ある。
その時は二人で腕を組んで、初々しい気持ちで少し胸をドキドキさせながら入っていったものだったが、今は違う。
2人の間に流れる空気は重苦しく、息が詰まりそうだ。
友哉は果歩の様子をチラチラと見て伺いながら、必死に果歩の心理を、気持ちを読もうとしていた。
次に声を発する時、どんな言葉を果歩に掛けたら良いんだろう。
果歩を助けたい・・・だけど今の果歩は自分に助けを求めているのかどうかさえ分からない。
部屋に着いた2人、果歩がドアを開け先に入っていき、友哉がそれに付いて行く。
・・・例の富田という男ともラブホテルに入ったのだろうか・・・
そんな考えがふと友哉の頭を過ぎる。
中には大きなベッドが置いてあり、明るくもなく暗くもない光加減と、窓の無い密閉されたような空気感が、ここがSEXをするためだけの部屋である事を教えてくれる。
妙な緊張感を友哉は感じていた。
果歩
「・・・シャワー・・・浴びてくるね。」
友哉
「え?・・・あ、あぁ・・・うん。」
テーブルに持っていたバッグを置いてそう言った果歩に、友哉は少し動揺した様子で返事をした。
果歩の表情からはまだ何も感情を感じない。
まるで人形のような果歩の表情を、友哉は心配そうに見つめる。
友哉
「・・・・・」
浴室に入っていった果歩の姿を見送った友哉は、ベッドの端に腰を掛け、小さくため息を漏らす。
友哉
「・・・はぁ・・・」
先程見た果歩の人形の様な表情が、友哉の心を締め付けていた。
友哉は悲しかったのだ。
あんなにいつも笑顔で元気いっぱいだった果歩が、あんな表情になってしまうなんて・・・
静まり返った部屋に、浴室から聞こえるシャワーの音だけが響いていた。
ガチャ・・・
数分後、果歩が浴室から出てきた。バスタオルだけを身体に巻いて。
果歩
「・・・・・」
座っていたベッドから立ち上がった友哉の前までゆっくりと歩み寄る果歩。
そしてそこで初めて、果歩は友哉の目を見つめた。
友哉
「果歩・・・」
友哉の目には、やはり果歩の瞳が以前はあった輝きを失っているように見えた。
しかしそこで友哉は同時にある事に気付く。
毛先だけ濡れた髪の毛、しっとりとした肌、バスタオルの上からでも分かる果歩のスタイル。
その雰囲気が以前よりも大分大人びている事に気付いたのだ。
果歩
「・・・私の身体・・・」
友哉
「・・・・・・」
果歩
「私の身体・・・見て・・・」
そう小さく呟くと、果歩は身に着けていたバスタオルにゆっくりと手を掛けた。
・・・パサッ・・・
果歩の足元にタオルが落ちる。
そして果歩は確認するように友哉の表情を再び見つめる。
果歩
「・・・・・」
友哉は、果歩の身体を見て驚いている様だった。
友哉
「か、果歩・・・これ・・・」
果歩
「・・・私ね・・・もう・・・友哉が知ってる私じゃないんだよ・・・」
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