果歩が泣き止むまで優しく抱き締め続けた友哉。
その後、果歩に服を着させてラブホテルを出た2人は、果歩のアパートへと向かった。
2人寄り添うように、手を繋いで。
以前付き合っていた頃は、友哉は人気のある場所では果歩と手を繋ぎたがらなかった。周囲の視線が気になったし、人前でイチャイチャするようなカップルにはなりたくなかったのだ。
でも今日は違っていた。
周りなんて関係ない。ただ冷たくなっていた果歩の心に自分の体温を送り込もうと、しっかりと手を握ってあげたかった。
少し小さくて、柔らかな果歩の手の感覚は昔のままで、友哉は何だか少し安心した。
友哉
「・・・・・」
共に歩く果歩の横顔を見て、思わず胸の奥から込み上げてくるものを感じる。
よかった・・・と。
一生この女性を守っていきたいと思う。
今はまだ、以前の様な笑顔は果歩には戻ってきていなくても、きっと果歩を幸せにしてみせるんだと、友哉は心の中で誓うのであった。
そしてそれと同時に正直な事を言えば、自分の元に果歩を連れ戻す事ができて、友哉は心底安堵していた。もちろん、友哉は果歩の幸せだけを願っているつもりだった。自分の幸せなんて考えているつもりは無かったのだ。
しかしこうやって果歩の横顔を見ていると、自分もギリギリの所まで追い詰められていたのだと、今になって自覚した。
果歩がもし戻ってきてくれなかったら自分は狂ってしまっていたかもしれない。何もかもが崩れてしまっていたかもしれない。
だから余計に今は、果歩が傍に居る事が嬉しくて、そして愛おしかった。
友哉
「久しぶりだな、こうやって2人で歩くの。」
果歩
「・・・・うん・・・。」
歩いている途中、2人の間に会話は殆どなかった。でも、それでもよかった。
・・・このままずっと、2人で歩いていきたい・・・
友哉
「ん・・・果歩の部屋、相変わらず良い匂いがする。」
果歩
「・・・そうかな、自分じゃ分からないけど・・・。」
友哉はこの果歩の匂いが好きだった。懐かしい部屋の甘い香りに、友哉は思わず微笑んでしまう。
果歩
「お茶・・・入れるね。」
そう言った果歩の表情は穏やかで、やはり先程までとは違っていた。しかしその表情の中からは、まだ精神的な疲れが感じ取れる。
果歩は心に大きな傷を負っている。
その傷は簡単には元には戻らないかもしれないと友哉は思った。
そう、果歩は友哉の想像を絶する体験をしてきたのだから。
果歩
「・・・・あっ!・・・嫌ッ!」
カチャンッ!!!!
床に落ち割れる湯呑、撒き散らばる入っていた温かいお茶。
キッチンからお茶を運んできた果歩が、部屋に入るなり何かに気付いたのか、急に湯呑を床に落として、慌てて机の上に置いてあったある物を、友哉に見えないように隠したのだ。
友哉
「果歩!?だ、大丈夫か?どうしたんだよ急に。」
すぐに立ち上がって果歩の元へと駆け寄る友哉。
果歩
「ごめん友哉・・・ごめん・・・」
友哉
「どうした?・・・ほら、こっち向いて、大丈夫だから。」
果歩は友哉に背を向けて、長方形の長い紙箱を手に取っていた。
そしてその箱と同じものが、果歩の机の上には何箱も置かれている。
友哉
「・・・・!?」
友哉はその箱のパッケージを見て思わず目を丸くした。
『Lサイズ 60個入り』
それはコンドームの大箱だった。しかも机に置いてある殆どの箱が空になっている。
友哉
「・・・・・・」
さすがにこの現状に、友哉は果歩に何と声を掛けたら良いのか迷っていた。
そして少しの沈黙の後、果歩が友哉に背を向けたまま小さく口を開く。
果歩
「・・・友哉、今どんな顔してるの?」
友哉
「・・・ちょっと驚いてるけど・・・でも大丈夫・・・。」
果歩
「・・・嘘!・・・嘘言わないで!・・・そんなの絶対嘘だよ・・・ぅぅ・・・」
果歩はそう涙混じりの声を上げて、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
コンドームの箱を握り締めたまま号泣する果歩。
友哉
「・・・果歩・・・」
友哉はそっと膝を曲げ腰を落とし、何も言わずに震えている果歩の身体を後ろからそっと抱き締める。
・・・少しずつ・・・少しずつ・・・元には戻れなくても、少しずつ癒していければ、きっと元気になってくれる・・・
・・・そのためには、果歩の全てを俺が受け止める必要があるんだ・・・
その夜、涙が枯れるまで泣き続けた果歩は、ベッドの中でずっと友哉に抱き締められながら眠りについた。
友哉の温もりや安心できる匂い。
そして果歩は友哉の腕の中で少しだけ感じていたのだ。他の誰とのSEXでも埋まる事のなかった心の中の何かが、友哉に優しく抱き締められる事によって少しずつ埋まっていくのを。
それが何かはまだ分からない。でも、もしかしてそれが本当の幸せというものなのかもしれない。
閉じていた心の中でずっと耳を塞ぎながら蹲っていた果歩。
真っ暗な世界にずっと居た果歩。
出口なんて無いと思っていた。未来は真っ暗なんだと。
富田さんといっしょに堕ちていくしかないと思っていた。
他の人は決して入って来れないような冷たい場所だったから。
しかし友哉は、果歩を探してここまで降りてきてくれたのだ。
こんなに冷たい所まで、心の温かい友哉が降りてきてくれた。
友哉
「果歩、大丈夫だから・・・いっしょに行こう。」
果歩
「・・・・友哉・・・」
果歩に優しく手を差し伸べる友哉。
果歩
「・・・・・」
果歩は後ろにいる富田の存在に、迷い、悩み、苦しんでいたが、そんな果歩の手を友哉は少し強引に、だけど優しくしっかりと握り締めた。
果歩
「・・・あっ・・・・」
そして友哉に手を握られたその瞬間、果歩の目には見えたのだ。
暗闇の世界、その遠くの方へ見える白く輝く光が。
そう、出口が見えたのだ。
そして今、手を握り合った友哉と果歩は、その出口に向かって少しずつゆっくりと歩み始めたのであった。
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