「ハァ……ハァ……」
駅前の写真ボックスからアパートの部屋に帰ってきた志乃は、ドアに凭れ(もたれ)ながら自分を落ち着かせるように息を吐いていた。
「ハァ……私、どうしちゃったの……」
今しがた、自分がしてしまった破廉恥な行為が信じられなかった。
さすがにやり過ぎ。
小説の世界と現実は違うのに。
あんな写真、誰かに見られたらどうするの?
ううん、きっと次に使う人に確実に見られてしまう。真田さんではなく、全く関係ない人に。
「はぁ……ん……」
でも身体が熱い。またアソコがジンジンしてる。
自分の行動に呆れる一方で、信じられない程興奮してしまっている自分もいる。
紐パンタイプの大胆な下着は、先日更新された官能小説を読んでから買いに行った物。
あんな下着をお店で買うのはもちろん恥ずかしかった。でもその恥ずかしささえも楽しんでいる自分がいた。
小説の中で真田が言っていた〝露出プレイの味を覚えてきたみたいだな〟というセリフを、志乃は思い出していた。
―――
『驚いたわ、本当に私の小説を読んで愛美を真似る子がいるなんて。』
『もうこれは確実だと思いますよ。』
『でもこの写真凄いわ。志乃ちゃん、可愛いのに本当にエッチな子なのね。』
写真ボックスでの志乃の画像をさっそく貴子に送った安本。
2人はその後もメールでのやり取りを続けていた。
貴子は志乃に対してかなり興味が沸いているらしく、色々な事を聞いてきた。
だが、安本も志乃に関してそれ程多くの情報を持っている訳ではない。だからどうしても話は行き詰る。
志乃を見つけたのはいいが、これからどうする?という事である。
安本も志乃には興味を引かれているが、現状、志乃の姿を覗き見する事くらいしかできていない。
そんな中、貴子がこんな事を言い出した。
『ねぇ安本さん、今度2人で直接会って話しませんか?志乃ちゃんのお話もっとしたいし、それに私、安本さんにお願いしたい事があるんです。』
『会うんですか?貴子さんがそうおっしゃるのなら私は大歓迎ですけど。お願いしたい事って?』
『それは会ってから話します。では安本さんの都合のいい日と時間が決まったらメールください。私がそれに合わせますので。』
正直メールでのやり取りを数回しただけで顔も見た事ない相手なのに随分と無警戒だなと思ったが、安本は貴子からの提案を了承した。
そして後日、2人は会う事になった。
場所は駅前のとある古い喫茶店。
約束の時間より少し早めに喫茶店に着いた安本は、コーヒーを飲みながら貴子が来るのを待っていた。
正直、今日は志乃の事よりも貴子に興味があった。
あんなどエロい官能小説を書いている主婦は、いったいどんな女なのか。
イマイチ想像できないが、まさか男だったりしてな。ネット上で性別を偽っている奴はごまんと居る訳だからその可能性もある。だからあんまり変な期待はしちゃいけない。
そんな事を考えていると、一人の女性が店に入ってきた。
そしてその女性は安本の前まで来ると、こう声を掛けてきた。
「安本さん、ですか?」
「え?あ、はい。」
安本は女性の顔を見た瞬間こう思った。
――すげぇ美人だ!――
「あ、あの、じゃあ貴女が?」
「はい、貴子です。ここ、いいですか?」
「もちろん、どうぞ。」
ただ美人というだけではなく、着ている服や身のこなしもどこか優雅な雰囲気がある。
「どうしました?私の顔に何か付いてます?」
「い、いや、凄い美人だなぁと思って。」
「フフッ、でももういい歳なんですよ。安本さんはこんなオバさんより志乃ちゃんみたいな若くて可愛い子がタイプなんでしょう?」
「いえそんな事は……本当にどこかの芸能人か女優さんかと思いましたよ。まさかああいう小説を書いている方がこんな美人とは、驚きました。」
確かに志乃とはタイプが全く違うが、貴子はお淑やかな美人であると同時に、志乃にはまだない大人の女の濃い色気を感じる。
こんな女を目の前にして欲情しない男なんて殆どいないのではないか。
しばし2人で談笑。
安本が
「男が来ると思ってた」
と言うと、貴子は笑っていた。
貴子が言うにはサイトに書いてあるプロフィールに嘘はないとの事、専業主婦というのも本当らしい。
そしてそれから話は本題に入った。
「そういえば貴子さん、俺に頼みたい事があるって、何だったんですか?」
「あ、うん、そうそう。お願いしたいのはもちろん志乃ちゃんの事です。」
そう言って貴子はバックから封筒を取り出した。
「私、志乃ちゃんの事をもっと詳しく知りたいんです。それで安本さんに調べて貰いたいと思って。」
「調べるって……具体的には何が知りたいんです?」
「そうね、できるだけ得られる情報は全てかな。志乃ちゃんの今現在と過去の事、家族構成、親の職業や年収、恋人の有無、恋愛遍歴、友人関係……とにかく全てね。」
「え、そんな事までですか?どうしてそこまで……」
「審査に使いたいのよ、あの人が気に入ってくれるかどうかの。」
「……審査?あの人って誰ですか?」
「フフッ、まぁそれはまた今度教えるわ。どう?引き受けてくださるかしら?もちろんタダでとは言わないですよ。」
そして貴子は先ほどの封筒を安本に差し出した。
どうやら中には金が入っているらしい。しかも随分と分厚い。
「足りなかったら言ってくださいね。」
「いや……え、こんなに?」
「フフッ、では契約成立って事で良いかしら?」
「はぁ、まぁ俺でいいなら引き受けますけど。」
「良かった。あと、志乃ちゃんの写真ももっと欲しいわ。普段の彼女の色んな表情が見たいの。」
「そういう事ならどれだけでも、写真は私の専業ですから。」
「プロのカメラマンさんですものね。では期待してますから、宜しくお願いしますね。」
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