高級マンションの一室。
生活感も無く、無駄に広いだけの無機質な部屋。
その寝室の中央に置かれた大きなベッドの上でその男は眠っていた。
ベッドの横に置かれた小さなテーブルの上には、空になった酒のビンと沢山の吸殻が入った灰皿、そして薬と思われる錠剤がいくつも転がっている。
富田
「・・・ぅ・・・スー・・・はぁ・・・・」
何度も寝返りを打ちながらの頭が重くなるような浅い睡眠。
富田はその中で夢を見ていた。
もう何度目になるだろうか、これと同じ夢を見るのは・・・。
智恵
「ちょっと康介、お母さん夜ご飯の仕度してるんだからあっちで絵本でも読んでなさい。」
キッチンに立つ母・智恵の脚に後ろから抱き付いている康介は、まだまだ甘えたがりの5歳の子供であった。
康介
「・・・・・・。」
康介はそう言われてもなかなか母・智恵の脚から離れようとしなかった。目に涙を溜めて、何も言わずに智恵のエプロンに顔を埋めている。
智恵
「なぁに?また幼稚園でイジメられちゃったの?」
康介
「・・・ぅぅ・・・・」
康介の涙と鼻水が智恵のピンク色のエプロンに染みを作る。
もう仕方ないわねぇと言いながら、智恵は優しい笑みを浮かべ康介を抱き上げてリビングのソファまで連れて行く。
康介を大きなソファに座らせると、智恵も横に座って康介の小さな手を優しく握って口を開いた。
智恵
「どうしたの?幼稚園で何かあったの?」
康介
「・・・ぅぅ・・・」
智恵
「ほら、いつまでも泣いてたらお母さん分からないわ。」
智恵は微笑みながらもちょっと困ったような表情を康介に見せて、そっと康介の頬に付いた涙を指で拭った。
康介
「・・・あのね・・・良太君がね・・・僕が作ってた泥団子・・・壊したんだよ・・・」
智恵
「泥団子?」
康介
「うん・・・僕が作って隠してた泥団子・・・良太君に見つかって・・・ぅぅ・・・」
智恵
「それで良太君に壊されちゃったんだ?ふーん、それでずっと康介は泣いてたの?」
康介
「だって・・・だって・・・ぅぅ・・・ヒック・・・お母さぁん・・・」
再び涙がわぁっと溢れ出し、康介は泣きながら智恵に抱きついた。
智恵
「もう、仕方ないわねぇ康介は、泣き虫なんだから。男の子がそれくらいで泣いてちゃダメよ。」
智恵はそう言いながら、ワンワン泣き続ける康介の頭を撫でる。
なかなか泣き止まない康介に智恵は少し困った顔をしていたが、我が子を見つめるその母親の瞳は、温かな愛情に満ち溢れていた。
智恵
「ほら、もうすぐお父さんも帰ってくるし、お母さんご飯の仕度するからね。ほら、男の子がいつまでも泣いてちゃいけないわ、ね?康介元気になれる?」
智恵はそう言ってポケットからハンカチを取り出し、康介の涙と鼻水でグシャグシャになった顔を拭いた。
康介
「・・・・うん。」
智恵
「よしよし!じゃあ洗面台で手と顔を洗って来なさい。フフッ、今日のご飯、お父さんと康介のためにお母さん頑張ってるんだから。」
康介
「うん!」
すっかり元気を取り戻した康介が笑顔でそう答えると、智恵も笑顔で康介とハイタッチしてからソファから立ち上がってキッチンへと向う。
顔を洗った康介はリビングで絵本を読んで、夜ご飯ができるのと父親が帰ってくるのを待っていた。
智恵
「あ~もう!また焦げちゃった・・・うーん今度は上手くいったと思ったのに・・・あ!こっちの鍋も!・・・はぁ・・・」
時折聞えてくる苦手な料理に悪戦苦闘する智恵の声に、今度は康介が智恵の方を心配そうに見つめている。
智恵
「大丈夫よ康介!ちゃんと3人分は栄養のあるものできるから!」
康介
「うん、頑張ってお母さん。」
康介は料理をする母の後姿を見るのが大好きだった。
幼稚園で友達と遊んでいる時間よりも、こうやって母と過ごす時間の方が何倍も楽しい。
なんとか出来上がった料理達を食卓に並べながら、智恵と康介は父・敏雄の帰りを待っていた。
康介
「お父さん、遅いね。」
智恵
「ぇ?・・・うん・・・そうね、お父さんお仕事忙しいから。」
そう俯き加減で呟く智恵の表情が、その時の康介にはなんだか元気がないように見えていた。
子供というのはいつも大人の顔色を観察するように見つめているものだ。
その時も子供ながらに康介は感じていたのだ、毎日父親の帰りを待っている時にだけ、智恵の表情が暗くなる事を。
トゥルルルルル・・・・!!トゥルルルル・・・!!
部屋に電話の音が鳴り響く。
それを聞いた瞬間、智恵の顔がパアっと明るくなる。息子の康介も母親のその表情を見て笑顔になった。
智恵
「きっとお父さんだわ!」
そう言って、智恵は電話の方へ駆けていく。
智恵
「もしもし富田でございます・・・・あなた?えぇ、もう今・・・・え?・・・そうなの・・・・」
智恵の後を追い電話の所まで来て、寄り添いながら下から電話をする智恵の表情を見上げていた康介。
電話に出て少し話をしている内に、笑顔だった智恵の表情がすぐに曇っていくのが康介にも分かった。
智恵
「・・・今日もなの・・・?あなたどうしてそんなに・・・そんなのもう信じられ・・・!・・・ううん・・・ごめんなさい・・・分かりました・・・はい・・・はい・・・」
受話器をそっと置く智恵。
康介はその時の智恵の目をしかっりと見ていた。涙を浮かべ、悲しそうにしている母・智恵の瞳を。
康介
「・・・お母さん・・・大丈夫?」
智恵
「・・・ぇ?あ、うん!ごめん康介・・・お父さん今日も遅いみたいだから・・・2人で先に食べちゃおっか。」
智恵は康介に見えないように目を擦ってから、笑顔を作ってそう言った。
康介はそれまでにも何度か母・智恵の涙を見た事がある。
そういう時はいつも康介は智恵に抱きつきに行って、智恵も康介を抱きしめながら、小さな声で康介にありがとねと囁いた。
智恵
「フフッ、今日は具沢山のお味噌汁だからきっと美味しいわよ。」
智恵は味噌汁を口に運ぶ康介を見ながらそう言うと、自らもお椀を手に持って味噌汁に口を近づける。
智恵
「・・・ん?なんかこれ・・・あらヤダ!私また出し取るの忘れてたわ!・・・はぁ・・・全然美味しくない・・・。」
智恵はまたも同じ失敗を繰り返してしまった自分に、落胆の表情を浮かべていた。
しかし康介はそんな智恵の落ち込む様子を見ながらも、黙々と味噌汁を食べ続けている。
智恵 「康介、いいわよ無理して食べなくても。はぁ・・・嫌になっちゃうわ、お母さんドジだから・・・」
康介
「ううん、お母さんのお味噌汁美味しいよ。お母さんのお味噌汁、僕大好きだよ。」
智恵は笑顔でそう言う康介に少し驚きながら、そして笑顔を作って康介の頭をそっと優しく撫でた。
智恵
「・・・ありがと、康介。康介は優しいんだね・・・お母さん嬉しい・・・。」
目に涙を浮かべる智恵を見た康介が
「お母さんも泣き虫だね」
と言って2人で笑った。
その日の夜、眠れなかった康介は子供用の小さな布団から出て智恵の布団の中に潜り込んだ。
智恵
「どうしたの康介?もう1人で寝れるんじゃなかったの?」
康介
「・・・・・。」
康介は黙って智恵に抱きついて、智恵の横で目を閉じた。
智恵
「仕方ないわね康介は・・・甘えん坊さんなんだから。」
智恵は微笑みながらそう言って康介を布団の中で抱きしめる。
父・敏雄はまだ帰ってきていないようだった。
智恵
「・・・お母さんも・・・寂しい・・・」
智恵がボソっと言ったその言葉は、母親の温もりに包まれながら目を閉じている康介の耳にも、しっかり届いていた。
コメント
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コメントありがとうございます。
ファンだなんてちょっと恥ずかしいですが、凄く嬉しいです。
ピピで…そうですかぁ有り難うございます!最初に投稿した3つくらいの作品は2007年くらいですかね。
あれは携帯でポチポチ書いたんですよ。
僕としてはやっぱりようようさんの様に、楽しみにしてくださっている方がいるから頑張れます。
まだ物書きとしては未熟ですが、これからも皆さんの意見を聞いて、少しずつ成長しながら書いていけたらなぁと思ってます。
新作、書きたいシチュエーションは頭の中に沢山ありますので、マイペースで書いていきたいと思います。
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ありがとうございます。
そう言って頂けると助かるというか、嬉しいです。
官能小説にはやっぱり相性がありますからね。
水野果歩の場合かなり長編になってきていますから、特に合う合わないっていうのは差が出るんだと思います。
富田さんや果歩に思い入れを強く持って頂けるのは凄い嬉しいです。
読者の方を引き込むような官能小説が書きたいと思ってやっていますから、そういう点では良かったのかなぁと思います。
このブログでは初作品ですし、とりあえず自分が納得できるように最後まで一生懸命頑張りたいと思います!
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コメントありがとうございます。
そうですねぇ…果歩はちょっと弱いですね、人間的に。
まぁでも恋に夢中になったりする大学生くらいの子は、弱い部分が出ちゃう事ありますもんね、結構。
ただそれにしても果歩は流され過ぎではあると思いますが。
富田さんもそうですよねぇ。独占欲が大きい人はなんか寂しがり屋さんが多いような気がしますよね。
ハッピーエンド希望者の方が多いみたいです。
もうすぐクライマックスです。まだネタバレはできませんが(笑)
最後まで頑張りたいと思います。
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ありがとうございます。
今後が気になるなんて言ってもらえるとモチベーションが上がるので嬉しいです。
あ~確かに、あそこは果歩が突然に壊れすぎたかもしれませんねぇ確かに。調教が必要だったかもしれませんね。僕の中では富田さんに頬を打たれた事でプッツンと感情が壊れたイメージではあったんですが。
結末は…もうすぐです、たぶん(笑)
疑問
秋絵は後でちょっとだけ出てくる…かも…?直接は出てこないかもしれませんが。
忘れていた訳ではなくて、あえて登場させていなかった感じです。
サイドストーリー良いですね!
【女子大生 ○○秋絵】で短編書こうかなぁ…検討してみます。
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ピピで数年前メンメンさんの作品に出会いファンになりました。
久しぶりの作品を楽しく読んでいます。官能小説の中の官能小説であると私は思います。私のように陰ながら楽しみにしている読者が沢山いるというのを、覚えていてください☆お忙しいとおもいますが、マイペースにがんばってくださいm(__)m
自作も楽しみにしてます!
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宵です。
他の方が仰るとおり官能小説とは離れてますか?
ただ、私は官能小説ももちろん好きですが、こういった感じも好きですよ。果歩や富田さんに思い入れが強くなった分 裏にあるある思いも気になります。
メンメンさんの思う通りに完結まで頑張ってください。
楽しみにしてます^^
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お疲れさまです(^∀^)ノ
いつも楽しませて頂いてます。
果歩ちゃん。根性足りませんね(笑)
主様以外にパンツ脱いじゃうんだもん。今の状況は…仕方ないかなぁ。と私は思います。
主様って寂しがり屋さんが多い気がします。
だから?富田さんの気持ちが少しわかってきたような気が…
幸せなオチ希望です…
果歩ちゃんの気合い(根性)をみたいです(笑)
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確かに。
゛実用的゛じゃないかもだけど。私はずっと楽しみにしてます。メンメンさんの当初の意図から逸れて暴走してるの分かります(^^ゞ。それだけキャラクターが生き生き思い入れしやすいってことかも。
それだけに果歩ちゃんの今後が気になるなー。
大学とかこの地域を出ないと周りからの目からは解放されないだろうし。
心を閉ざすとそっちの解放も簡単じゃないはず…。
後。細かいですが。強制されないのに大勢の人に言葉で○○してって言うのは今までの流れにはないけどなぁ。もっとそれ用に「調教」されてないと。
あーん。結末気になるー。基本ハッピーエンド好きなので…。
とにかく体に気をつけて頑張ってくださいね。
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ありがとうございます!頑張ります!
完結は2月中にできるかできないか微妙なところですね。
新作の方もボチボチ更新していきたいと思います。
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まだまだ完結は先になりそうですね(笑)
あんたの作品なんだから好きにやるべきだよ!
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いつも美桜さんに続きが気になる~って言ってもらえると、書く甲斐があるなぁと感じます。ありがとうございます。
ちょっとエッチなシーンとは離れますので賛否ありますがなんとか書き上げたいと思います。
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ありがとうございます。
京香さんの仰るとおりですね。
もう僕もこれは官能小説じゃなくなってると思います。
ん~半年以上連載を続けるなかで、どこかで暴走し始めてしまったんですよね。物語が1人歩きし始めたというか。正直当初の予定とは大幅にストーリーがズレてしまいました。
でもそれを楽しんでくれる方もいて、僕もそれなりに楽しんでいるのだから良いのかなとも思っています。
ただ官能小説を読むつもりで来た人には申し訳ないです。
だから次回作からは、シンプルで実用的な官能小説を書きたいと思っています。それともう少し短いのを(笑)
優しいお言葉ありがとうございます。完結に向けて頑張ります。
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富田さんの生い立ちですね。o(^-^)o
現在の富田さんが、どうしてこうなったのかが分かる、衝撃の過去が明かされるかも……。
早く続きが知りた~い。(≧∇≦)ワラ
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富田さんのダークな部分にドップリ触れちゃうんですね(タブン母性へのかな?)
私はアリだと思いますが、理解されない気がします(官能小説ですか?ってコメントの様に、そんなのいらないって感じでしょうか、苦笑)
SやMとして、どうしようもない部分を持ってる人にしか分からないし、そこに触れ合った関係じゃないと難しいでしょうね。
私は、いつからか官能小説って視点じゃなく人間模様小説だと思ってて、面白いんですけどね♪
読者は我儘ですけど、メンメンさんの書きたいように書いてくださいね。
楽しみにしています☆
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> これは官能小説ですか…?
正直ちょっと離れていますね、今は。これでは萎えますよね?
そういう点では反省点の多い作品になりました。
とりあえず完結まで頑張ります。
次回作ではエロいの書きたいと思います。ちゃんとした官能小説を。
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これは官能小説ですか…?