家庭教師 小森千佳(5)

千佳 
「……。」

千佳がソファに腰を下ろしてからすでに5分以上経っていた。

その間相変わらずゲームをし続けている康介は、千佳の方を一切見向きもせずに、ずっとテレビ画面を見ている。

康介は千佳がこの部屋に入ってきてから、まだ一度も千佳の顔を見ていない。

しばらく黙ったまま待っていた千佳だったが、さすがにこのままずっとソファに座っているだけではいけないと思い、重い口を開いた。

千佳は家庭教師という仕事をしに、ここまで来たのだから。

千佳 
「あのぉ……康介君……いつまで……」

康介 
「……名前、何て言うの?」

千佳 
「え?……えっと、小森……です。」

康介 
「下の名前は?」

千佳 
「……千佳……」

康介 
「ふーん……小森千佳さんかぁ、いい名前だね。」

千佳 
「ぇ……あ、ありがとう……。」

そう言ってようやく手に持っていたコントローラーを置いた康介は、ゲームの電源を切った。

するとそこで漸く(ようやく)康介の目が千佳の方を向く。

康介 
「……へぇ……なるほどね。」

康介は千佳の顔をジロジロと見ながらそう呟いた。

そして千佳を見る康介のその口元は、ニヤニヤと笑っている。

千佳はどうして康介が自分の顔を見て笑っているのかよく分からなかった。

初めて会った人に笑顔を作っているという感じではない。明らかに、何か含み笑いをしているような印象。

康介 
「ところでさ、俺なんて呼べばいい?」

千佳 
「え?」

康介 
「家庭教師だから、やっぱり小森先生とか?それとも千佳先生?」

千佳 
「あ、私の呼び方……そっか、どうしようかな。」

康介 
「前に受け持った人には何て呼ばれてたの?」

千佳 
「私、家庭教師は今回が初めてだから……。」

康介 
「へぇ、そうなんだ。それで緊張してるんだ?」

千佳 
「う、うん……。」

康介 
「ハハッ、そっかぁ。じゃあ千佳先生でいい?」

千佳 
「先生なんてちょっと恥ずかしいけど……うん、いいよ。私は康介君でいいかな?」

康介 
「いいよ。よろしく、千佳先生。」

千佳 
「うん、よろしく。」

やっとちゃんとした会話ができて、千佳は少し安心していた。

さっきまで黙々とゲームをしていた時は、取っ付き難い性格なのかとも思ったが、こうやって話してみると康介の印象はガラっと変わった。

素直で優しい子なのかもしれないと。

相変わらず敬語を使わない話し方ではあるが、良い意味で捉えればフレンドリーな話し方でもある。

それに千佳は康介の顔を見ながら、学校では女の子にモテるんだろうなぁと思った。

背が高くて男らしいスタイルと、まだ少し幼さは残っているものの整った顔立ち。
例え芸能界に居ると言われても、おそらく何も違和感を感じないだろう。

康介 
「そうだ、千佳先生何か飲む?お茶かジュースか……酒もあるけど。」

康介はそう言って、部屋の置いてある冷蔵庫の方へ歩いていく。

千佳 
「え?お、お酒!?康介君高校生でしょ?駄目だよそんなの飲んでちゃ。」

康介 
「冗談冗談、先生って真面目なんだな。じゃあお茶でいい?」

千佳 
「う、うん……。」

千佳の方が年上なのに、まるで康介に玩ばれているかのようなやり取り。

少し緊張気味の千佳に対して、余裕たっぷりの康介。

これではまるで先生と生徒が逆になってしまっているかのようだ。

千佳 
「あ、そうだ……康介君、今学校の授業ってどの辺まで進んでるのかな?私、一応簡単なテスト作ってきたから、とりあえずそれをやって……」

さっそく家庭教師としての仕事を始めようと、千佳はそう言いながら持ってきたカバンから徹夜で頑張って作ってきたプリントを出そうとした。

康介 
「テスト?いいよそんなの、別にやらなくても。」

千佳 
「え……でも……これやらないと何処から教えていいか分からないし……。」

康介 
「今日はさ、最初なんだし、自己紹介くらいで終わりにしとこうよ。はい、お茶。」

千佳の前にお茶を出した康介は、自分もソファに座り、そして手に持っていたビールの缶を開け、それをゴクゴクと飲み始めた。

千佳 
「でも今日の分からお給料もらう事になってるし……一応そういう事はしないと……あっ!康介君それお酒……。」

康介 
「気にしない気にしない、俺喉渇いたときはいつも飲んでるから。それよりさ、もっと先生の事教えてよ。」

千佳 
「私の事……?自己紹介はもうさっき……」

康介 
「まだ名前と大学しか教えられてないよ。う~ん、そうだなぁ……あっ!そうだ、彼氏は?先生彼氏いるの?」



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