家庭教師 小森千佳(7)

千佳 
「あ、あのね康介君、そういう事は……。」

男子高校生なのだから当然、性的な事への興味もかなりあるのだろう。

しかし、富田家に雇われている家庭教師である前に1人の女性でもある千佳。
特に恥ずかしがりやの千佳が、そんな質問に軽々しく答えられるわけがない。

康介 
「ハハッ、先生可愛いね。そんな事聞かれたくらいで顔赤くしちゃうなんて。」

千佳 
「も、もうっ!大人をからかわないでよ!ほら、いい加減プリントやりなさいっ。」

康介 
「はいはい、分かりましたよ。」

千佳が少し強めの口調で注意してから、康介はやっと問題を解き始めた。

勉強を始めるまでこんなに梃子摺って(てこずって)しまうなんて、これから先が思い遣られる。

しかし千佳はそう思う一方で、康介が人見知りをしない話しやすい性格の持ち主で良かったとも思っていた。

なにせ自分がかなりの人見知りであるため、受け持つ生徒も大人しい子だったらどうしようと心配していたのだから。

勉強とは関係ない事ばかり質問されるのは家庭教師として良くないのかもしれないが、逆にそんな会話のお陰で、2人の『先生と生徒』という関係を堅苦しいものにせずに済むかもしれない。

千佳としても、勉強ばかりの固い関係よりも、少しくらいフレンドリーな関係の方が気が楽だ。

千佳 
「……。」

そんな事を考えつつ、隣に座って康介がプリントをやるのをじっと見ていた千佳は、ある事に気付いた。

康介のペンの進みが早い。

分からない問題は飛ばしていいとは言ったが、それ程飛ばしている様子もなく、次々と問題を解いていっている。

最初はなんだか軽そうな感じで、少しチャラチャラしてそうな雰囲気だったけれど、意外と勉強はできるのかもしれない。

千佳はそんなギャップに少し驚きながら、先程までとは打って変わって真剣に勉強に取り組む康介の姿を見つめていた。

康介 
「ふぅ……はい、終わったよ、千佳先生。」

千佳 
「ぇ?あ、はい、お疲れ様。康介君早いね、私ビックリしちゃった。」

康介 
「このくらい簡単だよ。よし、終わったらから休憩だな。」

千佳 
「う~ん……どうしようかな、こんなに時間余っちゃって……一応他のプリントもあるけど……。」

康介があまりにも早くプリントを終わらせてしまったため、予定の時間がかなり余ってしまった。

そのため真面目な千佳は残りの時間で何をしようかと考えていたのだが。

康介 
「やらないよ、そんなの。今日は初日なんだから、これくらいで充分だよ。」

千佳 
「……でも……。」

康介 
「他の家庭教師もそんな感じだったよ。……あっ!そうだ。家政婦のバアさんからケーキ渡されたんだ。先生食べるだろ?」

千佳 
「え?あ、ありがとう。」

康介 
「ほら、もう勉強机からは離れて、ソファに座ってゆっくりしようよ。」

千佳 
「う、うん……。」

初めての家庭教師、しっかりと仕事をできたという実感はなかったが、もしかして康介の言うとおり、初日というのはこんなものなのかもしれない。

それから2人は残りの時間をケーキを食べながら、談笑して過ごしていた。

康介の高校での話や、千佳の大学での話で盛り上る。

千佳が家庭教師をやる事になった経緯や、まさか生徒が男の子だとは思っていなかったという話もした。

最初は家庭教師で雇われて来てるのに、こんな談笑をしていていいのかという気持ちもあったが、気付いた時には話に夢中になっていて、残って困っていた時間も過ぎるのはあっという間だった。

今日初めて会った相手、それも年下とはいえ異性の相手とこんなにも早く打ち解けられたのは、千佳にとっては珍しい事だ。

大学生になってから1人だけ付き合った男性とも、お互いに好意は持っていたものの、2人共大人しい性格だったためかデートの時もイマイチ話が弾まなくて、結局そんなに長くは持たずに別れてしまった。

そんな経験の持ち主である千佳にとって、康介との出会いは新鮮なものであったのかもしれない。

康介 
「じゃあ千佳先生、またね。」

千佳 
「うん、次はもうちょっと難しい問題集持ってくるからね。」

康介 
「それは勘弁。嫌だなぁ、千佳先生真面目だから本当に難しくしてきそうだもんなぁ。」

千佳 
「どうしようかなぁ……フフッ、じゃあまたね。」

富田家を出る頃には外は暗かった。

康介が駅まで送ろうかと申し出てきてくれたが、千佳はそれを断り、なるべく明かりのある道を選んで一人で夜道を帰っていった。

……次は明後日かぁ、帰ったらプリントの答え合わせして、康介君が分からない所チェックしないとね……

どうなるものかと思っていた家庭教師のアルバイト。
とりあえず無事に終わってよかったと、千佳は安心していた。

心配事がなくなって、心が軽くなったように感じる。

心地の良い風があって涼しい夜。
星が見える綺麗な夜空を眺めながら歩く千佳の表情は、少し上機嫌であった。

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