恭子
「香苗さ~ん!」
香苗
「ぇ……?あ、恭子さん。」
それはある日の朝の事だった。
香苗がゴミ出しに行くところで、後ろから来た恭子が声を掛けてきた。
恭子
「おはようございます。」
香苗
「おはよう、恭子さんは今から出勤?」
恭子
「はい、なんだかお隣なのに、お顔合わせるのは久しぶりですよね。」
香苗
「ホント……恭子さん近頃は一段と忙しそうね、帰りもいつも遅いんでしょ?」
以前は恭子を部屋に呼んで晩御飯を共に食べたりしていたが、最近はそういう事もめっきり減ってしまっていた。
最近の恭子は今まで以上に朝の出勤が早く、帰りも夜遅い。
休日に何度か恭子を食事に誘おうかと考えていた香苗だったが、きっと疲れているだろうと思って遠慮していた。
恭子
「毎年この時期は忙しいんですよ。祐二さんも最近は忙しいんじゃないですか?」
香苗
「うん、やっぱり今はどこの会社も忙しいのね。恭子さんも大変でしょ?疲れとか溜まってるんじゃない?」
恭子
「ん~多少はありますけど、私今の仕事好きだから、結構楽しんじゃってます。それに今の時代、仕事がないより忙しい方が恵まれてると思いますし。」
香苗
「そ、そっかぁ…。」
そう仕事の話をする恭子の表情は明るかった。
毎日仕事を長時間して、部屋には寝るためだけに帰ってきているような忙しい生活をしているというのに、恭子の表情からは疲れは感じられない。
……やっぱり恭子さんは凄いわ……
そんな恭子に対して、同年代の女性として香苗が尊敬心を抱くのは当然かもしれない。
自分とは違う人生の道を歩んでる女性が近くにいる。
自分も結婚せずに仕事を続けていたらどんな人生になっていたのだろう。
でも少なからず、恭子のように社会に揉まれ、忙しさに追われる毎日を送る事に、自分が耐えれる自信は無かった。
そういう事を考えるといつも同じような結論に至る。祐二と結婚してよかったと。
楽な道を選べて良かったという意味ではない。
この先子供ができたりすれば、子育てと家事で今の数倍忙しくなるだろうし、専業主婦も楽ではないのだから。
しかし家事が得意な香苗にとっては、やはり女性としてこちらの道がきっと正解だったのだ。
恭子
「そういえば……香苗さん、最近英治が昼間にご迷惑掛けてたりしませんか?」
香苗
「……え?」
英治……それは恭子の恋人であるあの中嶋の事だ。
香苗は急に恭子が中嶋の話をふってきた事に動揺していた。
香苗
「あ……え…えっと中嶋さん?ど、どうして?」
恭子
「最近英治、私の部屋にずっといるんですよ。」
香苗
「そ、そうなんだ……。」
恭子
「え?香苗さん知りませんでした?私の部屋にずっと英治がいた事。」
香苗
「ぇ…あ…そ、そういえばエレベーターで1回いっしょになったっけ……そっかぁずっと居たんだね、それは知らなかったぁ……」
この時の香苗は明らかに動揺と嘘が顔に出ていて不自然だった。
そう、香苗が言っている事は嘘である。
恭子の部屋に中嶋が居座っていた事は知っていたし、それどころか香苗は、恭子の部屋で昼間中嶋が毎日何をしているのかまでよく知っているのだから。
恭子
「彼の仕事って基本的にどこでできますから。」
香苗
「そ、そういえばそうだったね……。」
恭子
「だから昼間とか香苗さんに迷惑とか掛けてないか心配で、あの人変わってるとこあるから。」
香苗
「べ、別に……そんな事は無かったけど……会ってないしね……」
恭子
「そうですか、それなら良かった。何か英治がご迷惑掛けるような事があったら直ぐに私に言ってくださいね、叱っておきますから。」
そう冗談っぽく笑いながら言われ、香苗もそれに合わせるようにして笑顔を作っていた。
恭子の電車の時間もあるので、マンションの前で早々に別れた2人。
恭子に手を振り終わった香苗は、思わずその場でため息をついた。
香苗
「……はぁ……」
恭子の元気で幸せそうな顔を見ていたら、なんだか香苗は気が重くなるような気分になった。
中嶋が昼間にしている事、それを知った最初の頃は恭子にその事を伝えるべきか迷っていた香苗。
別の女性を部屋へ連れ込んでいる中嶋に、1人の女として嫌悪感や憤りを感じていた香苗。
しかし今、毎日自分がしている事を考えたら、決して恭子にその事は言えない。
ゴミを出し終わり部屋へと戻る途中、ふと恭子の部屋のドアの前で立ち止まった香苗。
……今、この部屋に中嶋さんがいるんだわ……
毎日毎日、あんな事をしているいい加減な男。
普通に考えたら嫌悪感しか感じない男。
しかしそんな男に香苗は今、密かに振り回されている。
欲求に負けてしまったあの日から、香苗の昼間の生活は一変してしまった。
家事の仕事も、近頃手抜きになってしまっている。
こんな事ではいけないと思いながらも毎日してしまうあの行為。やめられないあの行為。
香苗
「……。」
恭子の部屋のドアをじーっと見つめる香苗。
このドアの向こうにその原因を作っている張本人がいるのだと思うと、なんだか身体がまた熱くなってくるようだった。
香苗
「……。」
と、香苗がそんな事を考えながらボーっと恭子の部屋の前で立ち尽くしていたその時だった。
ガチャ……
香苗
「……えっ……!?」
香苗は一瞬、心臓が止まるのではないかというくらいに驚き、そして焦った。
突然その恭子の部屋のドアが開いたのだ。
香苗
「……ぁ……」
突然の事にその場で固まってしまう香苗。
そしてその部屋から出てきたのは当然、あの男だった。
コメント
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ついに…って感じですかね(ω)?
ここからの展開、期待してます^^
SECRET: 0
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コメントありがとうございます。
ちょっと焦らし過ぎた感もあるので、ここから官能小説っぽく濃厚な展開ができたらなと思ってます。
ご期待に応えられるように頑張ります!