尚子
「で、初めての家庭教師、どうだったの?」
本当は尚子に対して怒るつもりだった。
〝受け持つ子が男の子だなんて聞いてないよ!〟と。
だが今の千佳の心からは、そんな気持ちは全くと言っていい程消え去っていた。
千佳
「うん、なんとか無事に終わったよ。最初は結構不安だったけど。」
尚子
「へぇ、そうなんだぁ。あれ、なんか千佳機嫌良い?もしかして相手の男の子、凄いカッコイイ子だったとか?」
尚子からの思わぬ指摘に、千佳は顔を赤くし慌てた様子でそれを否定する。
千佳
「え?ち、違うよ!そんなんじゃ……安心してるだけだよ、家庭教師なんて私には無理だって最初は思ってたし……。ていうか尚子ちゃん、男の子だって事知ってたの?」
尚子
「うん、だって相手が男の子なんて事言ったら、千佳に絶対断られると思ったんだもん。でも私も根暗な子だったら千佳大変だろうなぁって心配してたんだけど、良かったね千佳、カッコイイ男の子に当たって。」
千佳
「もう……だから違うってばぁ……。」
尚子
「あ、千佳はどちらかと言うと年上が好みだったんだっけ?でも分からないわよぉ、人の好みなんてその時その時ですぐ変わるから。」
確かに康介の容姿はカッコイイ。
しかしまだ高校生だ。千佳もまだ一応学生で21歳だが、それでも康介とは4つも離れている。
社会に出れば4つの年の差なんて大した事はないのかもしれないが、今の千佳にとってはその差は大きく感じるのだ。
自分の高校生時代を思い出すだけでも、あの時は子供だったなぁと思う。
だから高校生相手に、何か特別な感情を持つなんて事は考えにくかった。
千佳
「変な事言わないでよぉ、そんな事意識してたら勉強教え辛くなるじゃん……。」
尚子
「フフッ、でもその様子だといい子だったんでしょ?その男の子。」
千佳
「……うん……話しやすい子ではあったかなぁ、友達気分ってのも問題かもしれないけど。」
尚子
「へぇ、良いじゃない。話し易くてカッコイイ相手なんて。オマケにお金持ちだもんね。何か進展あったら報告してよね。」
千佳
「ちょ、ちょっとぉ、だからそんなつもりないってばぁ……。」
変に話を茶化してくる尚子に、千佳は困ったような顔をしていたが、機嫌が良いというのは少しばかり当たっていたかもしれない。
昨日は家庭教師のアルバイトに行くのにあんなに憂鬱な気分であったのに、今は何となくあの康介の部屋に行くのが楽しみ。
家庭教師という仕事に楽しさを感じ始めているとか、康介に会うのが楽しみとか、そんなハッキリとした感情ではない。
ただ無意識の内の気持ちというか、康介の家に家庭教師をしに行く事が何の苦にもならなくったというのが一番正しいのかもしれない。
もちろん、まだ一度しか富田家には訪問していないのだから、これからも順調に事が進むとは限らないが、少なくとも康介が相手の家庭教師ならば、最後までやれるような気がしていた。
翌日、再び富田家に訪れた千佳。
初日と同じように、家政婦の山田という老年の女性に門を開けてもらい、康介がいる離れの家まで行く。
2回目の今日は初日とは違い、康介にしっかりと勉強を教えないといけない。
そういう意味で、千佳は少し気合を入れていた。
プリントで康介が間違っていた点、分からない点も把握してきたし、どういう風に教えれば分かり易いかも自分なりに考えてきた。
家庭教師として来てるからには、ある程度結果を残さなければいけない。千佳はその責任をちゃんと感じていた。
もちろんそれは、初日のあの後ろ向きな気持ちではなく、前向きな気持ちだ。
目標は康介の成績アップ。そのために、家庭教師としてできる限りの事はしないと。
離れの家に付いている呼び出しボタンを千佳が押すと、少ししてから中から康介の声が聞こえてきた。
康介
「開いてるから入ってきていいよぉ!」
康介は玄関まで出てくる事なく、まるで友達を招く時のような感じでそう呼んだ。
そこまでは昨日と同じだったのだが、千佳はここに来て、昨日とは違う緊張感を少し感じ始めていた。
……もう……尚子ちゃんが変な事言うから……
大学で尚子に言われた事を思い出すと、なんだか気まずくなる。
自分にはそんな気持ちはないと思っているはずなのに、もうすぐ康介に会うのだと思うとなぜか胸の鼓動が少しだけ早くなった。
千佳
「……ふぅ……」
康介の部屋の前で1つ深呼吸。そして千佳は頭を横に振って、心からその邪念振り払ってから、ゆっくりとドアを開けた。
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