千佳
「ねぇ尚子ちゃん、付き合ってもいない人と関係を持つのってどう思う?」
周りに人が少なくなった大学の講義室で、千佳は何の前触れもなく、突然友人である尚子にそう聞いた。
尚子
「ん?関係って?」
千佳
「あの……だからその……」
尚子
「エッチの事?」
千佳
「……う、うん……」
顔を赤くしながら小さく頷いた千佳。こんな事、尚子くらいにしか聞けない。
尚子
「千佳、付き合ってない人とエッチしたの?」
千佳
「う……ま、まぁ……その……」
ストレートにそう聞かれると、正直に〝はい〟とは言いにくい。
千佳自身も今までは、恋人ではない男性と身体の関係を持つというのは、ふしだらな事だと思ってきた。してはいけない事だと。
ただ、いざ自分がそういう事をしてしまうと、価値感が崩壊してしまったような気がしてよく分からなくなるのだ。
自分がしている事は、1人の女性としてして間違っているのかどうか。
尚子
「へぇ、なんか意外だね、千佳にしては。その相手の人とはどういう関係なの?」
千佳
「どういうって……私にもよく分からないの……」
尚子
「好きなの?千佳はその人の事。」
千佳
「……うん……たぶん……」
尚子
「避妊は?ちゃんとしてもらってるの?」
千佳
「うん、それは一応。」
尚子
「ふ~ん、そっかぁ。その人は何て言ってるの?千佳との事。」
千佳
「相手は……私の事どう思ってるか分からなくて、はっきりした事は何も無いから……。」
尚子
「じゃあ千佳の片想い?ていうか千佳にそこまでさせちゃうなんて、そんなに素敵な人なんだ?」
千佳
「素敵っていうか……うん……一緒にいると楽しいっていうか。」
尚子
「カッコイイの?」
千佳
「カッコイイ……かな。」
尚子
「へぇ、カッコイイんだぁ。」
千佳に対して次々と興味深そうに質問を繰り返す尚子だったが、どことなくその表情は楽しそうに見える。
友人からの恋愛相談というのは、表向きは親身になって共に悩んだりするものだが、心の中ではそれを結構楽しんでいたりするのだ。
他人事という訳ではないが、やはり他人の悩みや悲しみを自分の事のように考えたり感じたりするのは、それはそれでなかなか難しい事である。
尚子
「危険な香りがする男……か。」
千佳
「え?何それ?」
尚子
「千佳から話を聞いて私が想像したその人のイメージよ。」
千佳
「危険……なのかな……。」
尚子
「いいなぁ、私もそんな恋愛してみたいわぁ。」
そう言って胸の前で手を組み、まるで夢見る少女のように目を輝かせて斜め上の妄想の世界へ視線を送る尚子。
千佳
「はぁ……尚子ちゃんには優しくて素敵な彼氏がいるじゃない。」
尚子
「それはそうだけど。憧れみたいなのはあるのよね。現実では考えられないけど。」
千佳
「憧れ?」
尚子
「ほらいるじゃない。カッコ良くて凄く魅力的で、話も面白くて、殆ど完璧なんだけど、でも少し女遊びが激しいみたいな、そういう男の人。」
千佳
「……うん。」
尚子
「真面目で優しくて私だけを見てくれるって男の人も良いけどさ。そういうちょっと危険な男性との恋に溺れるのも、なんだか憧れちゃうのよねぇ。」
千佳
「恋に溺れる……かぁ。」
〝溺れる〟という言葉に惹かれている自分に気付く千佳。
康介とのSEXも、どこか〝溺れる〟という言葉が当てはまる気がする。
あの夢のような時間は、まさに快楽という海に康介と共に溺れ、そして沈んでいくような感覚があった。
尚子
「でも、そんな恋愛に夢中になれるのは学生の間だけよね。」
千佳
「え?」
尚子
「だって、きっと私達が今思っている以上に社会人は忙しいだろうしね。もちろん結婚したらそんな恋なんて絶対できないわよ、しちゃったらアウトだし。」
千佳
「そう……だね。」
尚子
「もし大学卒業してもそんな恋に夢中になってたら、大変よ。」
千佳
「……うん。」
尚子
「だから、今のうちかもね。まぁ私はその男の人の事知らないから、分からないけど。」
……今のうち……そんなのでいいのかな……
後先考えずに、今だけを楽しむ恋。
確かに就職も決まって、講義も少ない暇な大学4年生だからこそできる恋なのかもしれない。
尚子
「で?どんな人なの?詳しく教えてよ、年上の人?」
千佳
「年上ではないけど……。」
尚子
「年下なの?」
千佳
「……。」
それを聞かれて千佳は黙ってしまう。
そして尚子は千佳のその様子を見て、ある事を思い出す。
尚子
「ふ~ん、年下かぁ……あっ!!もしかして千佳が家庭教師やってるあの高校生なの!?」
千佳
「えっ!?あ、ち、違うよ、そんな訳ないじゃん。高校生なんて……そんな……。」
咄嗟に嘘をついた千佳。
それは高校生を好きになってしまったという事が、なんとなく悪い事をしているような気がずっとしていたから。
康介と千佳だけの秘密。
禁断の恋は、ここから転がり落ち始める。
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