最近千佳がよく1人で行くカフェがある。
康介の家庭教師をやるようになってから見つけた、小さなカフェ。
人気店という訳ではなく、席は空いている事が多く、時には客が千佳1人だけなんて事もある。
しかし人混みが苦手な千佳にとってそれは好条件であった。
メニューは豊富とは言えないけれど、どれも丁寧に作られていてコーヒーや紅茶も美味しい。
心地良いBGMが静かに流れるそんな店内で、1人ゆっくりと過ごす。それが最近お気に入りの千佳の至福の時間。
親友の尚子にもまだ教えていない、自分だけの秘密の場所。
康介の家から最寄にある駅の近くなのだが、ここでいつも家庭教師のアルバイトに行くまで千佳は時間を潰しているという訳だ。
そして今日も康介の家庭教師があるため、千佳はこの喫茶店で1時間程ゆっくりとした時間を過ごしていた。
……今度、康介君にここ教えてあげようかな……
そんな事を思いながら、紅茶を口にする千佳。
するとそのタイミングで千佳の携帯が鳴った。
尚子 『千佳、お誕生日おめでとう。来週になっちゃうけど誕生日プレゼント持ってくねっ!あとちゃんとおみやげも買ったから楽しみにしててね。』
と、現在初めてできた彼氏との初めての旅行に出掛けている、少々浮かれ気味の尚子から誕生日祝いメール。
あっ、私今日誕生日かぁ、忘れてたぁ……なんて事はない。
千佳自身、今日が大学生活最後の自分の誕生日である事はしっかり覚えていた。
千佳
「……はぁ……」
今日はお祝いメールが友人から何通も来た、あと母親からも。でもそれだけ。
それ以外に何かいつもと変わった事はない。
当日になるまでそんなに気にしてはいなかったが、いざ日頃となんら変わらない平凡な誕生日を過ごしてみると、やはり少し寂しい気持ちになる。
いや、正直に言えば凄く寂しい。
数日前に何人かの女友達からどこかのお店で誕生会をやろうかと提案されたが、千佳はそれを家庭教師のアルバイトがあるからと断ってしまった。
でも良いんだ、と千佳。
今日も家庭教師のアルバイト。
今日もいつも通り、あの康介の部屋で、2人きりで勉強をする。
なんとなく、それで良いんだと千佳は思っていたのだ。
最初は億劫だった家庭教師の仕事。
しかし始めてからもう数ヶ月。その時が過ぎるのはあっという間だった。
楽しい時間は早く過ぎるというあれだ。
そんな時間の中に、大学生活最後の誕生日が含まれていても別に良いじゃん。
千佳
「あと30分か……紅茶おかわりしちゃおうかな。あとケーキも。いいよね、誕生日だし。」
康介の分も持ち帰りで買っていって、あの部屋で2人で食べるのも良いかもしれない。
私、実は今日誕生日なんだ。ケーキ買ってきたからいっしょに食べない?
いやいやそれは変か。自分で自分の誕生日ケーキを買って行くなんて、しかも他人の分までなんて絶対変だよ、どれだけ寂しい女なんだって言われそう……と思い直したり。
……でも、それも良いか……なんか康介君ならどんな事も笑顔に変えてくれそう……
……よし、ケーキ買っていこう!……
散々迷った挙句、そう決めた千佳は店員を呼んだ。
が、店員が千佳の所へ来るまでの間、ふと店内から窓の外を眺めていた千佳の目に、駅前を歩いているある人物の姿が映った。
千佳
「……康介……君……?」
そこには学生服姿の康介が、誰かと話しながら歩いている姿があった。
そういえば康介君の制服姿は初めて見た、やっぱり背高いなぁなどと、一瞬そんな事を思った千佳だったが、康介の隣を歩くもうひとりの人物を見た瞬間、驚きを隠せない様子で目を丸くした。
……ぇ……女の子……?
そう、康介の隣で歩いていたのは、康介と同じ学校の生徒と思われる制服姿の女の子だった。
背の高い康介と、容姿の整った綺麗な女の子。
傍から見れば、どう見てもカップルだ。しかも凄くお似合いの。
2人共ずっと笑顔で、なんだか凄く楽しそうに話してる。
千佳
「……。」
まるで千佳が康介に、いつも夜駅まで送ってもらう時みたいに楽しそう。
いや、その時よりも康介の笑顔が明るく見えるような気がする。
本当に、楽しそう……
「あの、お客様……?」
そう呼び掛けてくる店員の声に、千佳はなかなか反応する事ができなかった。
思いがけない光景を目の当たりにしてしまい、心が大きく動揺してしまっていたのだ。
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