香苗
「ねぇ祐二。」
祐二
「あ、あぁ……よし。」
祐二はインターホンのモニターのボタンを押した。
するとモニターには1人の女性が映った。結構な美人だ。
歳は祐二達と同じくらいだろうか、それとも少し上かもしれない。
大人の落ち着いた女性といった感じだ。
祐二
「は……はい、どちら様でしょうか?」
妙に緊張してしまっていた祐二は、少し声を裏返しながらモニターに向かって言った。
恭子
「あの……今日隣に引っ越して来た高山と申します。」
祐二
「あ、そ、そうですか。ちょっと待ってくださいね。」
高山と名乗る女性は容姿もそうだが、その声もどこか上品に聞こえた。
祐二
「2人で行くか?」
香苗
「うん、もちろんよ。」
祐二と香苗は細い廊下を2人で肩を並べて歩き、玄関へと向かった。
ガチャ……
祐二
「あ、どうもぉ。」
祐二がドアを開けると、そこにはモニターで見た通りの美人な女性が一人で立っていた。
恭子
「夜遅くにすみません。えっと……」
祐二
「吉井と言います、こっちは妻の香苗です。」
香苗
「こんばんは、高山さん……ですよね?」
恭子
「はい、高山恭子と言います。あのこれ、大した物ではないんですけど。」
そう言って恭子が手に持っていた菓子折りを渡してきた。
今時こういうのは珍しい。容姿も上品であるし、礼儀正しい人なのだなと祐二と香苗は思った。
恭子
「あの、吉井さんはご夫婦お2人でお住まいなんですか?」
祐二
「えぇ、もう新婚って訳でもないんですけどね。」
香苗
「高山さんは、ご家族で引っ越してきたんですか?」
恭子
「いえ、あの……私はまだ結婚はしていなくて、1人で越してきたんです。」
祐二
「1人……ですか?」
恭子のその言葉を聞いて、祐二と香苗は思わず顔を見合わせた。
ここはファミリー向けマンションで、どの部屋も80㎡以上はある。女性の1人暮らしには広すぎるし、それにかなり贅沢だ。購入にしても賃貸にしても、価格はそれなりにするはずである。
恭子
「やっぱり変、ですよね?こんなマンションに女で1人だなんて。」
祐二
「いえいえ、そんな事はないと思いますけど……。」
香苗
「う、羨ましいよね?」
祐二
「あぁ……だ、だよな。」
このマンションに1人暮らしできるという事は、余程経済的に余裕があるのだろう。
想像するに、元々親がお金持ちとかそういう感じかもしれない。このマンションで1人暮らしなんて、一般的にはちょっと考え辛い。
しかし祐二と香苗は、恭子に悪い印象は持たなかった。いや寧ろ、恭子の綺麗な容姿と礼儀正しさにその印象は良いくらいだ。
2人共、この人ならお隣同士で良い関係が作れるのではないかと感じていた。
香苗
「じゃあ女性一人で引越しは大変なんじゃないですか?何かできる事あれば手伝いますよ?」
さっそく良心を見せた香苗。恭子と仲良くしたい、そういう気持ちの表れであった。
恭子
「え?あ、でもそんな……悪いです。」
祐二
「遠慮せずに言ってください、せっかくお隣になれたんですから。どうせうちの妻は昼間とかずっと暇なんで、どんどん使ってやってください。」
香苗
「ちょっと祐二、暇ってのは言い過ぎなんじゃないのぉ?主婦を馬鹿にしてるでしょ?……あ、でも高山さん、本当に遠慮しないで言ってくださいね。重い物とかあったら全部うちの旦那がやりますから。」
恭子
「フフッ、ありがとうございます。」
祐二と香苗のやり取りが面白かったのか、恭子はクスっと笑ってそうお礼を言った。
恭子
「あの、それじゃ夜遅くにすみませんでした。」
祐二
「いえいえ、これからよろしくお願いしますね、分からない事とか困った事とか何かあったら私達にいつでも言ってください。」
恭子
「はい、本当にありがとうございます……それでは。」
恭子はそう言って祐二達に向かって頭を下げると、隣の自分の部屋へと戻っていこうとした。
香苗
「あっ……高山さん!」
と、急に何かを思い出したように香苗が恭子を呼び止める。
恭子
「は、はい?」
香苗の声で後ろに振り返った恭子。
香苗
「夜ご飯……もう食べました?」
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