その日、施設内の見学と、富田による一通りの説明を聞き終えた果歩は、ひとまず帰る事になった。
本格的なアルバイトの仕事を始めるのは来週からだ。
アパートに帰宅した果歩はすぐにパソコンのスイッチを点けた。
もちろん海外との遠距離恋愛中の彼氏、友哉から届いているはずのメールをチェックするためだ。
友哉が発ってから約2週間、アパートについてからすぐにメールをチェックするのは、はやくも果歩の習慣になっていた。
【今日はホームステイ先の家族に俺が腕をふるってお好み焼きを食べさせてあげたよ。それがすっごい好評でさ、親父さんは5枚も食べてくれたよ!日本に帰ったら果歩に食べさせてあげるわぁ!】
そのメールをうれしそうに読む果歩、すぐに返事を打ち始めた。
【わぁ~喜んでもらえてよかったねぇ。そういえば友哉の手料理って私食べた事な~い!絶対帰ってきたら食べさせてね。私の方は今日バイトの面接行ってきたよぉ、来週から新しいバイト始まるからね。私も忙しくなるかなぁ・・・お互い頑張ろうね!】
メールを打ち終えた果歩は、一日の汗を流すべくお風呂場に入って行った。
「果歩ちゃん想像以上可愛かったっスねぇ!」
果歩が帰った後のトミタスポーツジム、果歩が面接をした部屋に二人の男の姿があった、富田と山井だ。
「あぁ、ありゃかなりの上物だな。ハハ、こりゃマジで楽しみだわ・・・へへ・・・」
そう言いながら不適な笑みを浮かべる富田の表情は大好物の獲物を前にする獣ようだ。
「でも富田さん、果歩ちゃんってかなり真面目そうな感じじゃないッスか?大丈夫っすかねぇ?」
「フフ・・・まぁあれは今までにないくらい純なタイプだな・・・しかも彼氏に一途でなかなか難しいかもなぁ・・・。」
「そうっスよねぇ・・・こりゃ今回ばかりは今までのようにはいかないかもなぁ・・・。」
そう言って山井は残念そうな顔をした。
「まぁ俺に任せておけよ、時間はたっぷりあるしよ。」
「え~俺そんなに我慢できないッスよ富田さ~ん」
「俺だってそんなに我慢するつもりはねぇよ。ま、こっちには強力な助っ人もいるし、意外と早いうちになんとかなるかもな・・・。」
富田は自信ありげにまた不適な笑みを浮かべていた。
夜のスポーツジムの一室で、昼間はさわやかなスポーツマンの顔をしていた男達が、目の色を変えて練っている計画に、果歩は気づく予知もなかった。
「じゃあ受付の仕事とマニュアルはこんな感じで、さっき練習した通り接客は笑顔でね。」
「はい、わかりました。」
トミタスポーツでのアルバイト初日、果歩はトミタスポーツのロゴの入った白のTシャツと紺のハーフパンツ姿で教育担当である山井に受付の仕事の教育を受けていた。
「まぁ、こんな可愛い子が受付にいるんだから、こりゃきっとお客さんも増えて忙しくなるなぁ!ハハッ!」
「そんな・・・でも、一生懸命頑張ります!」
「よし、じゃあもし変なお客さんとか来たりしたら、俺を呼んでね、やっつけてあげるから。」
「え~やっつけちゃうんですかぁ?」
「ハハッ冗談冗談!まぁホントわからない事とかあったら俺でも他のスタッフでもいつでも聞いてもらってかまわないから。」
こうして新しいアルバイトの仕事はスタートした。
しかし、始めてみると果歩にとって受付の仕事は割かし楽と感じるものであった。
それはこんな仕事内容であんな高い時給でいいのかと思うほどで、忙しく働く事を予想していた果歩は少し拍子抜けした。
それでもお客はそれなりに来るので、暇というわけではなかったが・・・。
ふと果歩は受付をしていてあることに気がついた。
(ん~・・・あれ?・・・ここの会員さん、女性がほとんどいない・・・)
受付に置いてあるノートパソコンの会員名簿をざっと目を通してみても女性らしき名前は見当たらない。
そういえば、果歩が受付に立ってから来た客は男性ばかりで女性はいなかった。
(ジムってやっぱり使ってるのは男の人ばっかなのかなぁ・・・。最近はジムに通う女の人増えたって聞いた事あったけど・・・。綺麗なとこだし、女の人にも人気出ると思うんだけどなぁ・・・。)
そんなことを考えていると、ふと女性の声が果歩の耳に届く。
「果歩ちゃん」
果歩はパソコンを見るのをやめ顔をあげると、そこには果歩がよく知っている人物が立っていた。
「秋絵先輩!?」
果歩の顔がパァっと明るくなる。
「フフッ、頑張ってる?受付の仕事だけじゃちょっとつまんない?」
「いえ、そんな・・・でもでも!どうして秋絵先輩が・・・?」
「果歩ちゃん頑張ってるかなぁと思って、様子見に来たのよ。」
「え、そうなんですか・・・わざわざありがとうございます。」
「まぁそれもあるんだけど・・・ホントはね、今日はお客として来たのよ、私ここの会員なのよ。」
「え、そうなんですか!?・・・でも・・・」
(名簿には秋絵先輩の名前はなかったような・・・)
「おぉ~秋絵ちゃんよく来たなぁ!」
ふと果歩の後ろから男の大きな声が聞こえた、オーナーの富田の声だ。
「こんにちは、富田さん。」
秋絵は上品な笑顔で富田にあいさつした。
「いやぁ秋絵ちゃん、また手伝いに来てくれたのか?ありがたいねぇ、秋絵ちゃんはホントできてる子だなぁ」
富田はこんがり焼けた顔に真っ白な歯を見せながら言った。
「違いますよ富田さん、今日はお客さんとして来たんですよ。」
果歩は二人の会話を少し疑問を持っているような顔で聞いている。
「果歩ちゃん、私ね、実はちょっと前までここでバイトしてたのよ。今でも時々富田さんに頼まれて手伝いに来てるの。今日は違うけどね。」
「え~そうだったんですか?」
富田はそんな少し驚いた様子の果歩を見て、口を開いた。
「秋絵ちゃんも最初は受付やってたからね。秋絵ちゃん目当ての男性客が増えて商売繁盛だったんだぜ。果歩ちゃんも頑張ってくれよな。」
「え~私なんか駄目ですよ・・・」
「そんな事ないわ、果歩ちゃんなら可愛いし、大丈夫よ。」
「そうそう!果歩ちゃんがちょっとお色気使っちゃえば、お客さん倍増間違いなし!ハハッ」
「クス・・・でも私お色気なんてないし子供っぽいし。」
果歩は自分に色気なんてないと思っていた、それはきっと秋絵にはあって自分にはないだろうと。
「それがいいのよ・・・きっとお客さんたくさん来るわよ・・・・たくさんね。」
「え・・・?あ、はい、頑張ります。」
ニヤっと笑みをつくりながら秋絵が言った言葉の意味が一瞬よくわからなかった果歩だが、そこを深く聞くことはなかった。
「さて、それじゃそろそろ私はトレーニングに行くわね。」
「秋絵ちゃん、着替えたらあの部屋においで。今日はインストラクターでもある俺が特別会員の秋絵ちゃんにスペシャルトレーニングメニューを用意しといたからよ。」
「スペシャルですか・・・フフ・・・楽しみ・・・お手柔らかにお願いしますね。」
富田の言葉に秋絵は意味ありげな笑みを浮かべてそう答えた。
「ハハッ!俺がじっくり鍛えてやるから楽しみにしとけよ。」
「フフ・・・じゃあ果歩ちゃん、アルバイト頑張ってね。」
「はい、秋絵先輩もトレーニング頑張ってください。」
秋絵と富田がいなくなり、再び果歩は受付の仕事に戻った。
(でも秋絵先輩、ここにトレーニング通ってたんだぁ、だからあんな大人っぽい綺麗なスタイルしてるなかなぁ・・・)
秋絵と果歩、二人とも美人であったが、しかしまだどこかあどけなさが残る果歩。
秋絵には果歩にはない大人の女を感じさせるなにかがある・・・と、果歩は思っていた。
果歩のその考えはある意味当たっていた・・・。
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