午後の時間、香苗はずっと落ち着かない様子で部屋で過ごしていた。
本来なら読書や映画鑑賞など、1人でいる1週間を有意義に過ごすつもりで居たのに。
まさかこんな事になってしまうなんて。
しかしそれは自ら招いた事、あんな痴態を犯した事からの結果だ。
あの後、もう一度シャワーを浴びて服を着た香苗。
今思い出しただけでも、顔がカァっと熱くなる。自分で自分がした事が信じられない。
ベランダであんな事、しかも裸で……。
どうかしていた。
しかし今回ばかりは自分の中の後悔だけでは済まされない。
……ん?なんだ?今なんか変な声聞こえなかったか?
あの時の中嶋の反応、きっと気付かれてしまったに違いない。
自分の発してしまったのは明らかに甘い快感に溺れる女の声だったのだから。
しかし確信は持てない。
もしかして〝気のせいだった〟という事で済ませて、何も気にしていないかもしれない。
だけど怖かった。
もし次に顔を合わせる事になった時、中嶋はどんな目で自分を見てくるのだろう。
そしてどんな言葉を掛けてくるのだろう。
それが怖くて、部屋から一歩も出れない。
もし部屋を出た所で隣に居る中嶋と顔を合わせる事になったら……。
性的に興奮状態だった時は中嶋を、中嶋の身体を求めている自分がいた事は確かだった。
決して恋愛感情ではないと香苗は自身に言い聞かせているが、あの激しいSEXと雰囲気から伝わってくる中嶋のフェロモンに魅了されている自分は確かにいた。
しかし冷静になった今は、中嶋に対しては警戒心からくる恐怖感しか抱いていない。
とにかく中嶋が怖かった。中嶋と会ってしまう事が。
中嶋に会った瞬間に、自分の中の何かが崩れてしまいそうで。
香苗
「……。」
もう夕方の時間。
晩御飯は昨日の物が残っているが、なんだかちっとも食欲が沸いてこない。
時計を眺めながら、早く時間が過ぎて欲しいと願うばかりの香苗。
こんな1週間はすぐに過ぎて、祐二に早く帰ってきてほしかった。
きっと祐二が帰ってきてくれれば、凄く安心できると思う。
いつも当たり前のように祐二が帰ってきてくれていた、安心感に満ちた日常的な日々が、今はとても恋しい。
もちろん祐二の事はいつも頼りにしていたけれど、まさか自分がこんなにも祐二という存在に依存していたなんて思わなかった。
1週間という長い間の出張で、初めて香苗はそれに気付き、自覚したのであった。
祐二がいかに自分にとって大切な人であるかを。
香苗
「……祐二……」
香苗がちょうどそんな事を考えていた時だった。
テーブルの上に置いてあった香苗の携帯電話、その着信音が突然鳴り始めた。
♪~~♪~~♪~~……
その音を聞いて急いで携帯を手に持った香苗。
……この着信音……
この音はある人専用に設定してある音なのだ。
そして画面に出ている名前を見て思わず香苗は笑顔になる。
そう、香苗の思いが伝わったのか、その相手は祐二だったのだ。
香苗
「……も、もしもし?」
祐二
「おお香苗、元気にしてるかぁ?」
1日ぶりに聞く祐二の声。
たった1日会わなかっただけなのに、なんだか凄く久しぶりに聞いたような気分だった。
そして相変わらず祐二の声は優しくて、それだけで香苗は少し安心感を持てた。
香苗
「うん、元気。はぁ良かったぁ……祐二……」
思わず漏れた、香苗の気持ち。
祐二
「ん?ハハッ……へぇ、俺が居なくて寂しかった?まだ1日しか経ってないのに。」
香苗
「え?あ……ち、違うわよ!ただちょっとね……うん……こっちは1人の時間を有意義に過ごしてますよぉ、うん。」
香苗はすぐに強がるような部分がある。もちろん甘える時には甘えるのだが。
香苗
「祐二は?仕事順調?」
祐二
「あぁ、順調だよ。これからこっちの人に美味しい店に連れて行ってもらうしな。」
香苗
「え~何それ祐二だけズル~イ!」
祐二
「付き合いだよ付き合い。これも仕事の内さ。」
先程までの不安に満ちた気分とは打って変わって明るい気持ちになる、そんな祐二との楽しく幸せな会話は続いた。
他愛もないいつも通りの会話だったが、祐二の大切さを実感していた時にタイミングよく掛かってきた電話が、香苗はとても嬉しかった。
少し乙女チックかもしれないが、なんだかやっぱり運命的に祐二とは結ばれているような、そんな感じがしたのだ。
しかし、香苗にとってのそんな幸せな会話は15分程で終わった。
香苗
「あ、うん、じゃあね。身体に気をつけてね。」
香苗は最後に何気ないように装っていたが、内心は正直もっと祐二と話していたいという気持ちがあった。普段なら違ったかもしれないが、今日は特にそう思ったのだ。
でも香苗がその気持ちを表に出す事はなかった。
あまり祐二に心配掛けるような事はしたくなかったし、たった1日会わなかっただけでこんなにも寂しがっている自分を、なんとかく見せたくなったから。
祐二
「おお、じゃあ戸締りとかしっかりして寝ろよ。あ~あと何かあったらすぐ電話しろよ。」
香苗
「うん……わかったぁ。」
祐二
「じゃあな、また明日電話するから。」
香苗
「うん……じゃあね。」
そうして2人を繋ぐ電話は切れた。
先程までは時間の流れがあんなに遅く感じたのに、祐二との電話はあっという間であったように感じる。
香苗
「はぁ……」
電話が終わり、静まり返った部屋で漏れたため息。
再び時間が元に戻った事を感じた瞬間、その落差に思わずため息が出てしまったのだ。
……また寝る前に電話したら迷惑になっちゃうかな……祐二きっと疲れてるだろうしなぁ……
電話を切ってからすぐにそんな事を思ってしまうのは、まだまだ香苗の心が安心感で満たされていない証拠だったのかもしれない。
携帯を手に持ったまま香苗は、その画面に映る祐二と撮った写真をじっと眺めながら、まだ耳に余韻が残っている祐二の声を思い出していた。
もう外は暗い。
香苗
「あ……もうこんな時間、晩御飯どうしようかな……」
いつの間にか夜になっていた事に気付いた香苗は、食欲がない自分と相談するようにそんな事を呟く。
そしてキッチンに移動して冷蔵庫の中を見ていた、その時だった。
祐二との電話で少し薄れてきていた香苗の中にあるあの不安感、それが一気に膨れ上がる出来事が起きる。
ピンポーン……と、インターホンの呼び出し音が部屋に鳴り響いたのだ。
香苗
「……えっ?」
こんな夜に……誰……?
なんとも言えない、背中がゾクゾクするような嫌な予感が香苗の頭をかすめた。
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