俺は瞬きをすることも忘れてじっと見つめていた。
亜紀が牧原にキスをされているところを。
目を閉じた亜紀の唇と牧原の唇が重なった瞬間、俺の頭は金槌で殴られたみたいな衝撃を受けてグラグラと揺れだした。
顔から血の気がサアっと引いて、吐き気がする。
俺は震える手を口元に持っていき
「……亜紀……」
と愛する恋人の名前を小さく呟いた。
だがもちろん、その小さな声が部屋の中に届くことはない。
何秒くらいキスは続いていただろう。5秒か10秒かは分からないが、凄く長く感じた。
やっと2人の唇が離れる。
そして亜紀は閉じていた目をそっと開いた。
その瞳は少し涙が溜まったように潤んでいるように見えた。
「ね?大したことないでしょ?」
亜紀は耳まで真っ赤にした顔を両手で隠しながら
「はぁぁ……」
と息をついた。
「どうしたの?キスはヤバかった?」
そう聞かれ顔を隠したままコクンコクンと首を縦に振る亜紀。
「あ~もぉ……ドキドキして……ダメです……。」
「ハハッ、亜紀ちゃん初心だねぇ。キスぐらいでそんな風になっちゃうなんて。」
「だって、恥ずかしいですよ、凄く……」
「いいねぇ、亜紀ちゃんの恥じらう表情。やっぱり亜紀ちゃんはこういう罰ゲームが似合うね、イジメ甲斐があるっていうかさ。」
「そんなぁ……あんまりイジメないでくださいよぉ……」
「でも亜紀ちゃんってどっちかって言うとMでしょ?弄るより弄られたいんじゃない?」
「ん~……そうかもしれないですね。」
「よ~し、じゃあ引き続き亜紀ちゃんをイジメるかぁ。」
「あんまり酷いのは嫌ですよぉ。」
「大丈夫、亜紀ちゃんが嫌がるような事は絶対しないから。」
そんな会話の後、ゲームは再開した。
嫌がる事はしない……
亜紀はキスに関して恥ずかしいとは言っていたが、結局、拒んではくれなかった。
亜紀は一体、牧原達にどこまで許すつもりなんだろう……。
次にブロックを引いたのは坂本で、書いてあったのは【1人選んで手を握り合う】だった。
当然坂本が選んだ相手は亜紀。
「亜紀ちゃん、手出して。」
「あ、はい。」
あっさり坂本と手を繋ぐ亜紀。もうこれくらいの事には何の抵抗も無いみたいだ。
そしてそのまま次はまた亜紀の番。
命令は【正面の人の魅力を3つ言う】だった。
正面にいるのはさっきキスをした牧原だ。
「ん~牧原さんの魅力かぁ……」
「亜紀ちゃん、沢山あるでしょ?3つとは言わず何個でも言っていいよ。」
「そうですねぇ、う~ん……」
そう言って牧原の顔を見て考える亜紀。
「じゃあ1つ目は?」
「えっと……カッコイイ。」
「おおー、2つ目は?」
「……面白い、かな。」
「ほーほー、じゃあ3つ目は?」
「……優しい、ですね。」
それが亜紀の答えだった。
つまり、亜紀の中で牧原はかなり好印象な男だという事なのだろう。
「おおー嬉しい事言ってくれるねぇ亜紀ちゃん。」
素直に喜んでいる牧原。
だがそれを聞いて面白くなさそうにしていた篠田達が苦言を入れる。
「亜紀ちゃん、2つ目まではともかくさ、牧原は優しくはないだろ?」
「おいおい篠田、酷い事言うなよ。亜紀ちゃん、俺優しいよな?」
「はい、こっち来てから色々と助けてもらいましたし。」
「それだったら俺達もそうだよな?」
「そうですね、3人とも優しいと思いますよ。」
俺が倒れた時に助けて貰った事が、結果的に亜紀の中での牧原達の印象をさらに良くしてしまっているのが、何とも悔しかった。
……亜紀……違うんだ……そいつらの本性は……
「ていうか、カッコイイ面白い優しいってさ、かなり好印象じゃん。もしかして亜紀ちゃん、牧原の事結構タイプだったりするの?」
「ん~……うん……カッコイイですよね、凄く。」
「じゃあ見た目は亜紀ちゃんのタイプのど真ん中って感じ?」
「フフッ、そうですね。」
牧原を見る亜紀の目を見て、薄々感じてはいたものの、改めて亜紀の口からそういう言葉を聞くと、やはりキツい。
分かってる。男が可愛い女の子が好きなように、女の子だってカッコイイ男は好きなんだ。
それは亜紀だって例外じゃない。
でも、それと恋愛とは別物だよな?亜紀。
俺はそう信じたかった。
「じゃあさっき牧原にキスされて本当は嬉しかったとか?」
「え~……う~ん……嬉しいかどうかは分からないですけど、凄くドキドキしちゃいました。」
「おいおい、それ完全嬉しがってるじゃん。もしかして亜紀ちゃん牧原に惚れちゃったんじゃないの?」
そう篠田と坂本に茶化されるも、亜紀は笑っているだけで否定はしない。
そして牧原は勝ち誇ったような顔をしていた。
「でも、3人ともカッコイイと思いますよ、篠田さんと坂本さんも。」
「本当に?それなんか気使ってない?」
「そんな事ないですよぉ。空港で会った時から3人共カッコイイなぁって。」
「じゃあ俺の事もタイプなんだ?」
「篠田さんですか、うーん……そうですね。カッコイイし、あと……筋肉も凄いですし。」
「ハハッ、亜紀ちゃん本当に男の筋肉好きなんだね。あとでまた篠田に見せてもらえば?」
俺には亜紀が牧原達に何を期待してそんな事を言うのか、分からなかった。いや、考えたくもなかった。
……亜紀、目を覚ましてくれ……
そしてそんな中、篠田が次のブロックを抜く。
「おっ!へへ……丁度良いの出たよ。」
そう言って篠田が皆にブロックの内容を見せた。
命令は【1人選んで野球拳3本勝負】だった。
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