車は沙弥の彼氏である堂島武が運転し、助手席には長岡、そして後部座席に響子と沙弥が座り、出発した。
「もぉ……沙弥ったら昔から変わらないのね、困ったものだわ。」
「ウフフ、響子も人の言う事を素直に信じ過ぎちゃうのは変わらないわね。」
自分の思惑通りに事が進んでご満悦な様子の沙弥を見て、響子は呆れていた。
「はぁ……洋平には沙弥と2人の旅行だって伝えてきたのに、何て説明すればいいのかしら。」
「そんなの秘密にしておけばいいじゃない。」
「秘密ねぇ……それもなんだか……」
――でも、私が他の男性と旅行に行ってきたと言っても、洋平はきっと怒らないだろうし、嫉妬もしないんだろうな……もう私なんかには興味なさそうだし…――
「響子さんはご結婚されてるんですよね?」
「え?あ、はい。」
助手席に座っていた長岡が興味ありげに響子に聞いてきた。
「子供さんは?」
「2人いますよ、もう結婚も10年目ですし。」
「えー全然見えないなぁ。」
ありきたりな言葉、お世辞なんだろうけど、若く見られるのは素直に嬉しかった。こんな風に男の人に話し掛けられるのも久しぶりだし。
「でも今日と明日は、それは忘れなきゃ駄目よ。」
沙弥が忠告するように言ってきた。
「忘れる?」
「そっ、既婚者である事も母親である事も忘れるの。でないと、しっかり羽伸ばせないでしょ?」
――沙弥は一体私に何をさせようとしているのかしら……――
移動の車中、響子は初対面の男性2人がいるのもあって、最初は少し居心地の悪さを感じていたが、軽く自己紹介をし合って会話をしている内に男性2人とはすぐに打ち解けてしまった。
沙弥の彼氏、堂島武は冗談好きな面白い人で、長岡も気さくな人柄で印象は良かった。
2人共響子達が住んでいる街のスポーツジムでインストラクターとして働いていて、沙弥は客としてそのスポーツジムに行ったときにこの2人に出会ったらしい。
沙弥に騙されて多少不機嫌になっていた響子だったが、4人での会話は弾み、気付いた時には響子も肩の力を抜いて一緒に笑っていた。
そして途中、昼食は長岡のおススメでとあるピッツェリアに入ったのだが、そこのピザがまた抜群に美味しくて響子は喜んでいた。
こんなに笑うのも、美味しい物を食べてこんな嬉しい気持ちになるのも、なんだかとても久しぶりのような気がする。
「ね?旅行楽しくなってきたでしょ?」
ピッツェリアを出る時に沙弥にそう聞かれた響子は
「……うん。」
と小さく答えた。
こうやって男女のグループで過ごしていると、学生時代に戻ったような気分になる。
あの頃は恋をしたり失恋したり、自分も、周りの友達も皆ときめいていた。
沙弥の〝男がいないと面白くない!〟という気持ちが少し分かったような気がした。
いい歳して何言ってるんだかって正直思っていたけど、こうやって実際に男の人と交流してみると、自分もまだまだ女なんだと思った。
異性と過ごす時間は楽しい。
夫は私を異性として見てくれない。私も夫は夫、家族であり、もはや異性として認識していなかった。
ここ数年ずっと感じていたあの〝退屈〟は、それが原因だったのかもしれない。
車の座る位置を途中から変えて、沙弥が助手席へ、長岡が後部座席の響子の隣に座った。
沙弥と堂島は恋人同士だから、自然と響子と長岡がペアを組むような形になる。
道中、響子と長岡は互いの事を色々と話した。
そして話し込んでいく内に響子は自分の中で、長岡への興味が徐々に高まっていくのを感じていた。
――長岡良治さん……私よりも1つ年下で独身、か……――
学生時代はサッカー部やアメフト部に所属していたスポーツマン。容姿端麗で、知人に頼まれてモデルの仕事をやっていた事もあるらしい。
それに見た目だけではなく、話も上手だから一緒にいて楽しい。
素直に素敵な人だと思った。
この人といると、なんだか自然と笑顔になれる。
この胸の高鳴り。ずっと忘れてた、この感覚。
――どうしよう、私……――
まさかこんな短時間で恋に落ちた訳では決してないけれど、人妻でも母親でもない、自分の女の部分が目覚め始めてくるのを、響子は確かに感じていた。
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