理系女子 結さん(2)

結は生真面目で可愛らしい女性だが、人並みにセックスには興味があった。

いや、26歳まで処女であったがゆえに、むしろ人並み以上に興味を抱いていたかもしれない。

特に『コンドームを男性器に装着する』という行為に対しては、一人の女性としてだけでなく、研究者としても強い興味を持っていた。

 プロの開発者でありながら、これまで本物の男性器に触れたことすらないのだ。

だからこそ、恋人ができた今、いよいよ自分の手で実物にコンドームを装着できるのだと、密かに期待を膨らませていたのである。

しかし、二人の関係はなかなかその先へは進まなかった。

結が恋愛未経験であることを砂上が気遣い、『自分たちのペースでいきましょう』と急かさずにいてくれているからだ。

 その優しい心遣いは嬉しかったが、付き合っていれば、いつかは必ずその時が来る。結はその瞬間を心待ちにするようになっていた。

そんな折、足踏み状態の二人の背中を押すような出来事が起こる。

舞台となったのは、社内で開催されたあるPRイベントだ。

二人が勤める湘南ゴムには、セーフセックスの啓蒙や商品のPRを担う〝湘南ゴム宣伝大使〟という枠組みがあり、毎年代替わりでグラビアアイドルなどが任命されている。

 今年も新たな大使が会社を訪問することになったのだが、営業部である砂上の提案により、結は開発側の代表としてそのアイドルと対談することになったのだ。


「結さん、今回は対談の方、引き受けてくれてありがとうございます!」


「ハイ……。」


「こちら、宣伝大使の浅川リナさんです。」

砂上に紹介されて目の前に現れたのは、露出度の高いビキニ姿のグラビアアイドル、浅川リナだった。

こんがりと焼けた褐色肌に、はち切れんばかりのグラマラスなプロポーション。

いかにも今時の〝ギャル〟といった風貌で、清楚な雰囲気の結とはまさに真逆のタイプである。


「はじめまして〜リナで〜す!」


「はじめまして、近藤です。」

結がペコリと頭を下げると、リナは彼女の顔をじっと見つめて口を開いた。


「え〜こんな綺麗なお姉さんがコンドーム作ってるなんて、なんかエロいっスね!」

リナは底抜けに明るくフレンドリーで、思ったことを悪びれずにすぐ口に出す性格のようだ。

コンドームのPR活動もノリ良く引き受けており、性的な話題に関しても非常にオープンである。

 年齢は結よりも下だが、男性との交際経験もベッドでの経験も、間違いなく結よりずっと豊富だろう。


「今回は我が社の商品開発について、宣伝大使の浅川さんからうちで開発研究している結さんに色々と質問してしていただく形で対談の方を進めていきたいと思います。 対談の記事はウチのホームページに掲載される予定になっています。」

砂上の進行により、さっそく対談がスタートした。


「それじゃ、ハイ!近藤さんはどうしてコンドームを作る人になろうと思ったんですか?」

リナが元気よく手を上げて結に質問する。


「私の場合は……元々大学で素材の研究をしてまして、その研究を活かせる場所を探した結果、たまたまコンドームになったという感じです。」


「へぇ〜たまたまコンドームなんだ。」


「でも、今はコンドーム作りにしっかりとやりがいを持って取り組んでいます。」

対談の中で、結はリナに〝コンドームの正しい着け方〟をレクチャーしたり、専門的な知識を披露したりした。

しかし、結には実戦経験がない。

セックスの経験がないどころか、本物のペニスにコンドームを着けたことさえないのだから、どうしても受け答えにボロが出そうになる。

経験豊富なリナからの直球な質問に、結が顔を真っ赤にしてタジタジになる場面も少なくなかった。


「試作したコンドームってどうやって使い心地とか確認してるんですか?」


「それは……社内の人間に試してもらって感想を聞いたりしています。」


「へぇ〜!そうなんだ!じゃあ女性の社員さんもですか?」


「いえ、基本的には男性の社員さんにお願いしています。」


「ふ〜ん、じゃあ女性側の使用感は近藤さんが自分で試しているんですか?」

その無邪気な質問に、結の顔がまた赤くなる。


「え……それは……その……女性側の使用感については、基本はモニターしてもらった男性社員のパートナーに感想を聞いたりしています。」


「へぇ〜、てことは、近藤さんは自分では試したりしないんですね?」

リナの裏表のない性格ゆえの言葉であり、決して悪意があるわけではない。純粋な疑問を口にしただけだ。

 しかし、あまりにも突っ込んだ内容に、隣で聞いている砂上の方がアタフタと焦り出している。

結自身も、まさか公の場で『私はセックスの経験がないので……』と言えるはずもなく、どう答えたらいいかと迷いながら、言いづらそうに答える。


「そう……ですね。私が直接……ということはしてない……です。」


「え〜!せっかく自分で作ってるんだし試した方がいいですよ!絶対!」


「そうですよね……」

結は内心、リナの言うことは全くもって正論だと思っていた。

プロの研究者でありながら、実際には一度も自社製品を使用したことがないというのは、開発者としていかがなものか。

より良い製品を生み出すためには、自らの肌で使い心地を確かめるのが一番に決まっている。

 生真面目な性格の結は、すっかり考え込んでしまった。


「その社員さんの奥さんとかパートナーさんも、旦那さんに正直に言えない事もあるかもしれないですよ。」


「……そうですよね。」


「又聞きじゃない女の子の意見って大事じゃないですか?」


「確かに。」


「私も実はゴムって擦れて苦手な時もあるし、もっと女の子の方も気持ち良いヤツ作ってくれたらいいのになーってずっと思ってたんです!」


「そうなんですか……なるほど……。」


「だから、近藤さん頑張ってください!」

リナの消費者としての率直な意見とまっすぐな激励は、結の心に深く刺さった。

——リナさんって凄い……私が心のどこかで気づいていたはずなのに逃げていた部分、研究者として欠けていた部分をピンポイントで指摘してくるなんて——


「リナさん……ありがとうございます!これから頑張ります!」

強い決意を込めてハッキリと宣言した結の横で、恋人の砂上はドキドキしながら彼女を見つめていた。

〝頑張るって……それ、僕とのセックスを頑張るってことですか!?〟と。

対談が終わり、結とリナはホームページに載せるためのツーショット写真を一緒に撮影することに。

しかしそこでまた、リナがとんでもない事を言いはじめた。


「近藤さんってめっちゃ肌綺麗ですよね!超色白だし〜可愛いし、オッパイも大きいし〜。」


「……えっ!?」


「なんなら私と一緒に宣伝大使やりませんか〜?ぶっちゃけ私より近藤さんの方が人気出ると思いますよ〜」


「わ、私がですか……?」


「近藤さんもこういう水着着たら似合うと思いますよ〜」

そう言われ、改めてリナの際どいビキニ姿を見て、結は顔をカァッと赤くした。


「水着……」


「砂上さんも見たいですよね?近藤さんの水着姿。」

突然話を振られ、砂上はアタフタしていた。


「えっ!?いや……それはその……」


「ほら、砂上さんもめっちゃ見たそうですよ?近藤さんの水着姿。」


「いやいやいや……」

必死に否定しつつも、砂上はチラチラと結の様子を窺っている。

そして、砂上は結に恐る恐る聞いてきた。


「結さん……やります……?」


「む、無理です……!」

結は首を横に振り、顔から火が出そうな勢いで断った。

一般企業の研究員である彼女に、グラビアアイドルのような真似ができるはずもない。


「え〜近藤さんなら絶対このビキニ似合うのに〜」

ケラケラと無邪気に笑うリナを前に、結と砂上は二人揃って気まずそうに赤面するしかなかった。

その後の写真撮影中、結は気がついていた。

砂上の視線が、横から自分の身体や胸の膨らみを無意識に追ってしまっていることに。

 しかし、恋人である砂上から熱を帯びた視線を向けられても、不思議と嫌な気分にはならなかった。

——砂上さん……本当は私の水着姿が見たいのかな……?——

その初々しい視線を受けた結は、仕事終わりに向けて、ある一つの提案を思いついていた。


「結さんお疲れ様です。今日はちょっと、色々大変でしたね……あんなに際どい質問してくるとは想定外で、すみま
せんでした。」


「いえ……リナさんから改めて考えさせられるような意見も聞けて、とても有意義な対談でした。」


「それなら良かった。そう言ってもらえてホッとしました。」


「……あの……砂上さん。」


「……?どうしました?」


「……やっぱり男の人って……水着姿が見れると嬉しいものなんですか……?」

結は上目遣いで、少し恥ずかしそうに尋ねた。


「え!?……そう…ですね、その……僕は結さんの水着姿が見れたら……嬉しいです。」

そのまっすぐな返事に、結の頬はさらに熱を帯びる。

恥ずかしいけれど、やっぱり嬉しかった。 そして結は、先ほど思いついたプランを、思い切って砂上に口にしてみた。


「じゃあ……今度海水浴とか行きますか?」


「えっ!?いいんですか!?」


「はい。」


「ぜ、ぜひ!」

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