「ふぅ……」
家賃6万の古いアパートの一室。
カーテンの閉まった薄暗い部屋の中で、男はタバコの煙を吹かしながらパソコンの画面に目を向けていた。
男の名前は安本圭一、職業はフリーのカメラマン。
安本は専門学校卒業後、業界では名のあるプロカメラマンの元でアシスタントとして働き、その後はフリーとなり、主に雑誌関係の仕事を請け負ってきた。
フリーになってから数年は順調だった。
スポーツや政治、芸能関係の記事に使う写真の依頼が多く入り、忙しい毎日であったが、それなりに遣り甲斐や自信を持ちながら仕事ができていた。
しかし、この業界はそんなに甘くはなかった。4年程前からだろうか、雑誌の売り上げ低下に伴って安本の仕事も徐々に減少。
今ではめっきり仕事の依頼が来なくなってしまった。
来ても一週間に一度あるかないか。それも風俗雑誌なんかの安い仕事ばかりだった。
これではとても生活していけない。
「あ~ぁ、そろそろ本当にバイトでも始めないとヤバいな。」
貯金も底を突きかけている。
カメラマンの仕事を続けてきてそれなりにプライドを持っていただけに、今さらアルバイトなんて……と、しばらくの間はなかなか行動する気にはなれなかった。
仕事が無く、暇な時間を無気力な状態で過ごす毎日。
最近する外出と言えば殆どパチンコやギャンブルで、食事はコンビニ弁当かカップラーメンで済ませている。
そしてそれ以外は部屋に引きこもってパソコンでアダルトサイトばかりを見ていた。
人間、暇を持て余すとこんな風にダメになってしまうんだな。
そんな事を考えながら、死んだ魚のような目で安本はパソコンの画面を眺める。
最近はAVよりも、ネットに上がっている官能小説を読む事が多い。
もう歳も30を超えている安本にとって、多くの作品が同じような内容でマンネリ化しているAVよりも、小説の中のアブノーマルな世界観や、想像力を掻き立てられるような興奮の方が新鮮に感じられたのだ。
「お、更新されてるな。」
今安本が見ているのは〝TAKAKO’S ROOM〟という官能小説の個人サイト。
サイト名の通り、貴子と名乗る女性が運営している。
プロフィールによれば貴子は専業主婦らしいのだが、小説の内容は女性が書いているとは思えないほどハードな作品が多い。
先日完結したばかりの人妻凌辱物の作品を安本は特に気に入っていて、もうこの小説で何回射精したか分からない程だ。
貴子の巧みな文章や小説の中で創り上げられるエロティックな世界観に、安本は官能小説でこんなにも濃厚な興奮が味わえるのかと、すっかりその世界に嵌ってしまっていた。
そして最近連載が始まったのが〖露出奴隷 愛美〗、愛美という高校を卒業したばかりの初心な女子大生を主人公にした露出調教物の作品だ。
ネット上で出会った真田という男にメールで命令されながら、徐々に愛美の胸の奥に秘められたマゾヒズムが露わになっていく……そんなストーリーだった。
まだ物語は始まったばかりだが、次はどんな興奮を味あわせてくれるのかと、安本は今後の展開に期待せずにはいられなかった。
一方同じ頃……
「あっ!更新されてる。」
志乃はパソコンの画面に出ていた【新着】の文字を見ると、嬉しそうにマウスを動かしそこをクリックした。
ブックマークに登録してあるお気に入りのサイト〝TAKAKO’S ROOM〟は、志乃がまだ高校生だった半年程前、受験勉強の合間にネット小説でも読もうと検索していた時に偶然見つけた官能小説サイト。
最初は興味本位でページを開いた志乃だったが、気付いた時には官能小説を夢中になって読んでいた。
10代の女の子が読むには過激すぎる内容だったが、卑猥で変態チックな官能小説の世界は、性への好奇心が芽生え始めたばかりの志乃の興味を強く惹きつけた。
志乃が自慰行為を覚えたのも丁度その頃。あまり嵌り過ぎてはいけないと思いながらも、貴子の小説を読む度に、濡れた秘部に手を伸ばしてしまっていた。
そして最近連載が始まった〖露出奴隷 愛美〗に、志乃はこれまで以上に夢中になっていた。
その理由は、志乃が高校卒業して春から大学に通っている1年生である事や、大学入学と同時に初めて実家を出て1人暮らしを始めている事、最近カフェでアルバイトを始めた事など、物語の主人公である愛美との共通点が自分にはいくつもあると感じていたからだ。
そのため志乃はこの小説を読んでいる内に、次第に主人公の愛美と自分を重ね合わせるようになっていた。
そして物語に登場する真田という男が愛美に対してする淫猥な命令を、まるで自分が命令をされているのかのように妄想しながら興奮を得ていたのだ。
「真田さん、今度は愛美ちゃんにどんな命令をするんだろう。」
志乃はワクワクしながら更新されたページを読み始めた。
真田
《愛美、明日はミニスカートでパンツを履かずに通学するんだ。
恥ずかしがり屋の愛美にはいきなりミニスカートにノーパンは少々ハードルが高いか?
そうだな、だったらスカートの中にパンストを穿くことだけは許してやろう。
明日の朝、傘に赤いハンカチを巻いて駅の南口に行くんだ。そこで10分以上その格好で立っていろ。
ちゃんと命令に従っているか、俺がチェックしに行ってやる。
ミニスカートにパンスト、赤いハンカチを付けた傘を持って立つ、それがお前が愛美であるという目印だ。
いいな?命令は絶対だぞ。》
「わぁ、パンツを穿かずにミニスカートかぁ……うーん、でも私ミニスカートなんて持ってないしなぁ。」
真田の命令を読んだ志乃は、クローゼットを開けて以前買った膝丈の長さのプリーツスカートを取り出した。
「このスカートじゃダメかな?あと赤いハンカチは……あ、あった。フフッ、これを傘に巻けば私、愛美ちゃんになったみたい。」
妄想だけではなく、実際に愛美の格好の真似をしてみると、なんだか自分が小説の世界に入ったような気持ちになって楽しかった。
もちろん、実際にノーパンで外に出るなんて事は志乃にはできない。
でも愛美と同じように志乃も通学に電車を使っている。だから明日は傘に赤いハンカチを巻いて駅に行ってみようと志乃は考えていた。
そしてどこからか真田に見られている自分を想像するのだ。
小説を読みながら思いついたちょっとした遊びである。
そう、それは志乃の中だけでこっそり楽しむ秘密の遊び。
「ストッキングはどうしよう……うーん、暑いし止めとこうかな。別にいいよね、それくらい。フフッ、真田さんに怒られちゃうかな?」
楽しそうに明日着ていく服の準備をした志乃は、朝忘れないように赤いハンカチを巻いた傘を玄関に置いてからベッドに入った。
「10分は立ってなきゃいけないのよね……明日はちょっと早くに起きないと。」
こうして志乃の〝愛美ごっこ〟は始まった。
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