「いそうろう?」
「あぁ、藤本課長の甥っ子がさ、大学受験に失敗して4月から浪人になるらしいんだよ。」
「それがどうしてうちの居候になるって話になっちゃったの?」
「両親が厳しくて浪人なんか許さないって考えらしくてさ、実家を追い出されるんだって。それで本当はアパート暮らしするつもりだったらしいんだけど、それじゃ生活費も稼がないといけないし、勉強にも集中できないだろって事で、藤本課長が自分の所に呼んだらしいんだよ。小さい頃から可愛いがっていた甥っ子だからって。でも藤本課長の家ってマンションだろ?まだ小 学生の子供もいるし。」
「それでうちにってこと?」
「あぁ、酒の席でさ、そんな話聞かされちゃったからつい、うちに空き家があるからどうですか?って言っちゃったんだよ。そしたら課長喜んじゃってさ、本当にいいのかい?なんて、どんどん話が進んじゃって。」
「もぉ、酔った勢いで課長のご機嫌取りしようとしたんでしょ?」
「ごめん、向こうから断ってくると思って軽い気持ちで言ったつもりだったんだけど、まさか話がこんな具体的になるとは思わなかったんだよ。」
「それでもう決まっちゃったの?」
「いや、まだ最終的な返事はしてないけどさ……」
「……断り辛いよね、そこまで来たら。」
「そうなんだよ……。」
小野寺正人とその妻、真弓は結婚4年目。
子供はまだなく、今は2人だけで暮らしているのだが、現在正人と真弓が住んでいる家というのが、実は2人で住むにはあまりにも大き過ぎる家なのだ。
一軒家というより、屋敷と言った方がしっくり来る敷地の大きさ。
二階建ての立派な母屋の他に、平屋建ての離れの家と、大きなガレージまで付いている。
この屋敷には元々正人の祖父母が暮らしていたのだが、数年前に祖父と祖母が他界し空き家の状態に。それを孫の正人が相続したのだった。
当初はこんな立派な家に住める事を正人と真弓も喜んでいたのだが、やはりこれだけ広いと掃除や手入れが大変。
祖父母が相続税と固定資産税分の資金は残しておいてくれたから金銭的には負担は少ないものの、管理には骨が折れる。
立派な造りをしている母屋はすでに内装リフォームを済ませたのだが、離れの家は築年数も古く長い間使われていなかったので取り壊してしまおうかと検討している所だった。
そんな時に舞い込んできたのが、今回の居候の話だった。
正人の会社の上司、藤本課長は正人が入社した頃から特に目を掛けてもらっていた人で、その人からの頼みとなれば断れない。
しかも酒の席で酔っていたとはいえ、空き家があるからどうですか?なんて最初に言ってしまったのは正人の方なのだから尚更だ。
「まぁ居候と言っても一つ屋根の下で一緒に暮らす訳じゃないけどな、離れの家にはコンロもシャワーも付いてるし。」
「だけど……男の子だよね?今いくつの子?」
「そうだよ、えーっと今年高校卒業だから18か19だな。」
18か19歳。真弓とは一回り程離れているが異性である事には変わりはない。
せめて女の子だったら気が楽だったのに、と思う真弓であったが、正人の言う通り同じ家に住む訳ではないのだから全く受け入れられない訳でもない。
「実は今度会う約束になっているんだよ、その浪人生の子と。えっと、確か拓実君だったっけな、藤本拓実君。で、実際に拓実君と会って話して居候になってもいいかどうか決めてほしいって。」
「プチ面接みたいなものね。」
「そうだな。で、真弓はOK?もし居候が来る事になっても。」
「う~ん、私はいいよ。最終的な判断は正人に任せる。」
「分かった。急な話で悪いな。」
そして後日、浪人生の藤本拓実と面談した正人は、拓実を居候として我が家に受け入れる事をすんなり決めた。
「なかなかの好青年だったよ、受け答えもしっかりしてて真面目そうだったし。」
「そっか、良かった、変な人だったら困っちゃうものね。拓実君かぁ、どんな子なのかちょっと楽しみかも。」
「拓実君が来るまでに離れの家を掃除しておかないとな、今度の休みに2人でやっちゃおうか。」
「うん。」
こうして事はとんとん拍子に決まっていった。
突然の話ではあったものの、正人と真弓は浪人生の居候が来る事をとても前向きに考えていた。
なにしろこれだけ大きな敷地の中にずっと2人だけで暮らしていたから、正直寂しい気持ちもあったのだ。
しかもご近所さんは祖父母世代の高齢者ばかりで話が合わないから孤立気味。
そんな所に自分達より若い人が来てくれるのだから、どんな交流ができるかと楽しみだった。
しかしその居候を受け入れた事で、その後の2人の夫婦生活、特に妻・真弓の生活は大きく変わる事になるのであった……。
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